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第3話
慎吾の発情期もそろそろ終わりに近づいた夜。
二人の伴侶にたっぷりと愛情を注がれた慎吾は、さらりとしたシーツに身を預けていた。
気怠げに瞼を持ち上げると、すぐそばに最愛の男の顔があり、安堵すると共に自然と笑みが零れる。
「――雅己……。ダイキ……」
濡れた唇で二人の名を呼ぶと、同じ顔が更に近づいた。
「――慎吾、大丈夫か?」
「うん……。ちょっとお腹が重い……」
下腹部に違和感を感じてそっと手で触れると、慎吾の白い腹はぷっくりと膨らんでいた。
それを愛おしそうに撫でながら笑って見せる。
「いっぱい注いでくれたね……。嬉しい」
「当たり前だ。俺がいなくなってから“妊娠しませんでした”なんて言われても困るからな」
ダイキが慎吾の額にキスを落とす。
それを見つめていた雅己は、わずかに目を伏せた。
彼の憂いを含んだ眼差しは、ダイキとの別れが近いことを意味していた。
「ダイキ……。これで終わりなんだろ?」
まるで独り言のように呟く雅己に、ダイキは長い睫毛を瞬かせた。
「――天使としての最後の仕事。これが俺の望みだった」
「ダイキ……」
「これでやっと転生出来る……。オッサンがいつまでも天使なんてやってられないからな」
慎吾の首筋に残された自分の噛み痕にそっと唇を寄せて笑った。
「――そっか。いつかまた会えるかな?」
ダイキのこげ茶色の髪をかき抱くように、慎吾はそう言って声を詰まらせた。
泣いてはいけない。そう思えば思うほど涙腺が緩んでいく。
「さあな……。転生先を選べるわけじゃないからな。それは神のみぞ知るってやつだ」
慎吾の涙を掬うように唇を寄せてから、ダイキは静かにベッドを下りた。
ハンガーにかけられた白いスーツを纏う彼の男らしい体がだんだんと透けていく。
雅己は急いでベッドを下りると、ダイキの体を抱き寄せた。
ダイキはネクタイを締めながら、そんな雅己のこげ茶色の髪をグシャリと撫でた。
「も……。誰かのために死ぬとか……、絶対にするなよ」
「そんなの、俺には決められない。だって運命ってヤツだからな」
激しいセックスの後で体が痛むのか、一瞬顔を歪ませて上体を起こした慎吾が叫んだ。
「ダイキ、また会えるって約束して!」
困ったように眉をハの字に曲げ、上着の内ポケットから煙草を取り出して唇に挟んだダイキは、ため息交じりに雅己に答えを求めた。
そんな事は無理だと分かっている。でも今は、雅己自身もその約束を果たして欲しいと願っていた。
ダイキと共に過ごした一週間は、失った二十二年間よりも濃密で充実したものだった。
それに加えて、二人の間には伴侶となった慎吾がいるのだ。
これほど幸せな時間はなかった。そして、永遠にこの時間が続けばいいと思っていた。
「――おいおい。まさか雅己までワガママを言い出すんじゃないだろうなぁ」
彼の輪郭がぼやけ、背後にある風景が透けて見える。
唇を噛んだまま黙っていた雅己が思い立ったように顔を上げた時、ダイキの姿はほとんど見えなくなっていた。
「言うよ!俺だって言う!――会えるって約束してくれ!もう一度一緒に……生きたいっ!」
光の粒子が散り散りになっていくダイキの体を包み込み、最後の一粒が指先から消えた時、部屋にはダイキの声が残響のように微かに聞こえただけだった。
「――分かったよ。二人とも、愛してる……から」
眩い光の粒子が消え、そこには静寂と闇と白い羽だけが残っていた。
「ありがとう……。ダイキ」
雅己は口元を綻ばせてそっと呟きながらベッドの端に腰掛けると、ただ涙を流す慎吾を優しく抱きしめた。
「大丈夫……。彼は帰ってくるから」
果たされるはずのない約束。何の確証もないひと時の幻……。
それなのに雅己の声は力強く、抱きしめる腕は優しかった。
慎吾はダイキが注いだモノが入った白い腹を愛おしそうに何度も撫でた。
(俺たちの子供……)
まだ形を成すはずのない物が子宮の奥で動いたような気がして、ゆっくりと顔を上げて慎吾は雅己を見つめた。
「――きっと帰ってくるよ。“運命の番”を放っておくわけないだろ?」
「慎吾……」
「雅己とダイキは二人で一人なんだよ?俺の伴侶だって二人揃わなきゃ意味がない」
根拠のない自信。慎吾の中に浮かんだダイキとの再会を願う想い。
雅己もまた、慎吾の腹を大きな手でそっと撫でると、そこに唇を寄せた。
「――兄さん、待っているからね」
二人で見つめ合うと、自然と笑みが零れた。
どちらからともなく重なった唇は、その夜離れることはなかった。
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