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第3話 お迎え
結局昨日眠ったのは、三時過ぎだった。
くよくよ悩むのは得意だ。女性と話せなかった事や、慶二と結婚させられてしまった事を考えていたら、いつの間にかそんな時間になっていた。
枕元で、何か鳴ってる。うるさいな……こんな朝早く……。
だけどチラと目覚まし時計を見たら、もう十時半だった。
――トゥルルルル……。
携帯だ。僕は慌てて飛び付いて、通話ボタンを押した。
『もしもし、歩ちゃん?』
僕が話す前に、向こうから声がかかる。いつもそうだ。
そうして押しに弱い僕は、何でも言う事をきかされてしまう。昨日の婚活パーティみたいに。
『お持ち帰り、成功した? ちゃんと話せた?』
「……姉ちゃん! 姉ちゃんのせいで、僕、男と結婚する羽目になったよ!」
『あら』
姉ちゃんは、目から鱗みたいな明るい声を出す。
『歩ちゃん、女性と上手く話せないけど、男となら対等に口がきけるし、話が纏まって良かったじゃない。で? 男って事は、歩ちゃんがお持ち帰りされたの?』
「されてないよ! 僕の恋愛対象は女の子なのに……無理やり、結婚させられたんだ」
『え? 婚約したんじゃなくて、結婚したの? 昨日?』
「そうだよ。慶二っていう、アラサーの遊び人と!」
明るかった声が、急に諭すような口調になる。
『歩ちゃん。物事には順序があるのよ。性格の相性とか、身体の相性とか、色々試してからでないと、離婚する率が高いのよ。これ、晶 姉ちゃんの実体験』
何を聞いてたんだ!
確かに六歳年上の姉ちゃんはバツ一だけど、そんなお説教喰らってる場合じゃない。
『性格の相性は、少なくとも一ヶ月は付き合わないと分からないわね。身体の相性は? 確かめたの?』
うっ。幾ら姉ちゃんだからって、その質問はデリカシーがなさ過ぎるだろ!
「そっ、そんなの、確かめてないよ!」
『あら。歩ちゃんは、その慶二さんの何処が気に入ったの?』
やっぱり僕の話を聞いてない。思わず喚いた。
「気に入るも何も! だから、無理やり結婚させられたんだってば!」
『えっ。歩ちゃん、手篭めにされちゃったの?』
「されてない! 名前を書いたら、契約結婚の同意書だったんだよ!」
『契約結婚……?』
「そう!」
途端、姉ちゃんが胸をときめかせたのが分かった。声が、さっきにも増して弾んでる。
質問責めが始まった。
『遊び人て言ったわね。イケメン?』
「う……格好良いとは思う」
『お金持ち?』
「フルオーダーのスーツ着て、ロールスロイス乗ってた」
『歩ちゃんの事が好きなの?』
「え……」
頬がまた一段、熱くなる。
『俺はお前が好きになった、歩』
落ち着いたバリトンの響きが蘇る。
「好きになった……って、言われた」
『ちょっと歩ちゃん! それ、乙女の夢、玉の輿じゃない!』
「僕は乙女じゃないし、恋愛対象だって女の子だよ!」
『受け入れなさい、歩。幸せになれるわよ。今まで苦労したんだもの、それくらいのご褒美があったって良いわ』
「だから聞けよ、姉ちゃん! 僕は女の子が好き……」
――トゥルル、トゥルル。
「あ、キャッチ入った。その話はまた後でね、姉ちゃん」
「はいはい、お幸せに」
語尾にハートマークが付いている。
だから何で、そういう結論になるんだ、姉ちゃん……。
キャッチ通話を取る。
「はい、佐々木です」
「佐々木くん、お疲れ様! 草苅 です」
部長だ。休みの日に部長から電話とか、百万円単位の損失ミスをしたとしか思えない。
僕は震え上がって、ベッドの上で正座した。
でも、いつもは恐い部長の口調は、何だかウキウキと弾んでいる。
「お、お疲れ様です」
「佐々木くん、君、小鳥遊財閥にコネがあるのかい? 何で今まで言わなかったんだ。コピー用紙六万枚に、ホッチキス二千個、セロテープ五千個……とにかく、君をご指名で注文がひっきりなしに入ってるよ。今度の人事会議では、出世が望めるぞ」
「……え、あ、小鳥遊財閥、ですか!?」
訳が分からず他人事 みたいに聞いてた僕だけど、タカナシ、という単語に気付いて汗がドッと噴き出してきた。
慶二って、『あの』小鳥遊財閥の人間!?
「ああ。我が社始まって以来の、大量注文だよ。すぐには揃えられないと言うと、佐々木くんに世話になっているから、是非我が社から買いたいと」
――ピンポーン。
あ、誰か来た。
それは携帯の向こうの部長にも聞こえたようで、そそくさと話を打ち切る。
「ああ、来客のようだね、佐々木くん。じゃあ、明日から忙しくなるから、今日はゆっくり休んでくれたまえ」
「は、はい。ありがとうございます。失礼します」
――ピンポーン。
「はいはいはーい!」
貧乏アパートだから、インターフォンなんか付いてない。
僕はチェーンと格闘して、勢いよくドアを開けた。
「やあ、歩」
「げっ」
そこには、上品な濃い茶色のオーダースーツを着て、両手をスラックスのポケットに入れた、長身の慶二が立っていた。
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