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第7話 プロポーズ
お好み焼き屋さんを出た後、平良さんに近くのゲーセンに連れて行って貰った。
ここも僕の行きつけだ。
週に二~三回、僕は仕事の後にこのゲーセンに寄って、格闘ゲームで対戦したり、祭りの太鼓を叩いたり、シューティングゲームで銃を撃ちまくって、ストレス解消してる。
「ほら慶二、UFOキャッチャーだよ。どれが欲しい?」
そんなに大きくない二階建てのゲーセンだから、UFOキャッチャーは四台しかない。
慶二は切れ長の瞳にゲーム台の放つキラキラした光を映して、注意深く見て回る。
そして、一台を選んで意気込んだ。
「これが欲しい。一回、俺にやらせてくれないか」
そこには、雷を放つ空色の幻獣のミニキャラクター、ピカルくんのアクリルキーホルダーがビッシリと積まれていた。
人気のキャラクターだけど、大人っぽいアラサーの慶二が欲しいだなんて、何だか可愛い。
内ポケットからブラックカードを取り出して、大真面目に挿入口を探す慶二が、また可笑しかった。
「ちょっと待ってて」
僕は両替機に向かって千円札を崩してくると、UFOキャッチャーに百円入れる。
「はい。このボタンで、縦横にアームを動かすの」
「あ、ああ。……それっ」
気合いを入れてボタンを押すのが、やっぱり可愛く見えてしまう。
銀色のアームは、キーホルダーを三つ四つ浮かしたけれど、スルリと逃げられて空 の両手を取り出し口の上で開いただけだった。
「うっ……難しいな。こんなの、本当に取れるのか?」
「見てて」
僕も百円を入れて、解説しながら操作する。
「漠然と取ろうとすると、駄目なんだ。どれか一個に狙いを付けなきゃ」
そして、隅の一個を指差した。
「これ、ホルダーが上に出てるでしょ? そこに……」
二回目のボタンを押す。
「引っかけるんだ」
ボタンを離すと、アームが開く。僕が狙った一個の真上に来て、沈んだ。
「あ……それ、そこだっ」
慶二が、拳を握って応援する。
アームが閉じると、ホルダーに腕が引っかかった。
ふふ……慶二、喜んでる。
取り出し口の真上にきてアームが開き、カタンと音を立てて、キーホルダーが一個落ちた。
「やった! 凄いな、歩!」
いそいそとキーホルダーを取り出し、今度は内側から瞳をキラキラさせて、両手で大事に握ってる。
「プレゼントだよ、慶二」
「ありがとう、歩。お前の誕生日には、俺もプレゼントを贈るからな」
「ふふ。そんなに嬉しいの、慶二。高いものは買えないけど、こんなもので良かったら」
「生まれて初めて、誕生日プレゼントに、本当に欲しいものが貰えた。大切にする」
嬉々としていた慶二だけど、少し落ち着いて、ゲーセンの雑音の中でもよく通るバリトンで囁いた。
さっきまで可愛かったのに、この声は卑怯だ。僕は声フェチなのかな。何だか凄く格好良く聞こえちゃう。
照れて、何て返そうか考えてたら、平良さんがやってきて頭を下げた。
「慶二様。お楽しみの所、失礼致します。そろそろ、お戻りになる時間ですが」
「そうか。ジュエリーショップから連絡はあったか?」
「はい。ご結婚指輪が出来上がった旨、連絡を受けております」
「よし。じゃあ、指輪を取ってから、歩を送ろう」
その会話を聞いて、ガッカリしている自分にちょっと驚く。
慶二と二人で祭りの太鼓をやるのを、密かに楽しみにしていた自分に。
「慶二。忙しいの? また、ゲーセン来られる?」
「すまない。昨日今日と、無理に時間を作ったからな。しばらくは、会えそうもない。だけど、結婚指輪を贈るから、俺だと思って過ごしてくれ」
不意に、逞しい腕の中に包まれる。
昨日ハンカチからしたシトラスの香りが、いっそう爽やかに香った。
固まってる内に、手を引かれて急ぎ足に車に戻る。
平良さんは、こちらから声をかけない限り気配さえ殺してる人だから、慶二が楽しんでる最中に割って入るなんて、よっぽど急いでるんだろうな。
車中で、ぽつりと呟く。
「僕……こんなに楽しいなんて思ったの、子供の時以来かも」
「話したくなかったら、言わなくて良い。ご両親は、どうしたんだ?」
何年も閉じ込めていた寂しさが、今更になって涙腺を崩壊させた。
「中学校の始業式の、前の日……っく……酔っ払い運転の車に、はねられて……」
即座に、胸に引き寄せられた。美容院で整えた髪が、クシャリと梳くように撫でられる。その優しさに引きずられて、余計に僕は泣きじゃくった。
「ひっく……うぇっ……」
「悪かった。辛い事を訊いて。歩、俺と家族になろう」
「うぇえん……」
両親が死んだ時、僕は泣かなかった。泣いちゃいけないと思い込んでた。
だけど、胸につかえていた悲しみの塊が、涙になって流れ落ちていく気がする。
慶二の逞しくて優しい腕に身体を預けて、僕はいつまでもしゃくり上げていた。
* * *
「……ゆみ。歩」
僕は、ハッとして目を覚ました。耳元で、僕の好きなバリトンが囁く。
「アパートに着いたぞ。部屋まで送っていく」
「ん……」
耳がくすぐったい。
いつもは一杯なのに、ビール二杯呑んじゃったからかな。凄く眠い。
「慶二。ごめん、僕、寝ちゃった……」
「良いんだ。歩の体温が、心地良かった」
コンコン、と外から控えめにノックの音がする。
「良いぞ、平良」
ドアが静かに開いた。
「歩。立てるか?」
「う、うん」
慌てて、先に降りて掌を差し出してくれてる慶二の腕に縋って降り立つ。
ふらつく足元を気にして、慶二の手が腰に回って支えてくれた。
一階の僕の部屋の前に、ゆっくりと導かれる。
「歩、鍵」
「ん」
促されて開けると、玄関の中に入って、内側から鍵をかけられた。
「手……貸せ」
「え?」
「左手」
あ。結婚指輪!
僕は左手を慶二に預けた。スマートに、僕の選んだ結婚指輪が、薬指に嵌められて輝く。
うわ……夢みたい。僕、起きてる?
「歩。言ってなかったな。……俺と、結婚してくれるか?」
「……」
僕は、高い位置にある慶二の瞳を、下から覗き込んだ。
「歩?」
この一日で、僕は慶二に恋してた。恋は盲目とはよく言ったもので、僕は後先も考えずに歯を見せる。
「……はい!」
慶二の項に手を回して、僕は飛び付くようにして応えていた。
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