15 / 37

第15話 独り遊び

「慶二……」  僕はバスルームでシャワーを浴びながら、さっきの感触を思い出していた。  驚いて咄嗟に払いのけたけど、慶二の手が、僕に触った。  男なんてご免だと思ってたけれど、触られた先っぽがジンジンと疼くように熱を持ってる。 「ん・ふっ……慶二」 『俺が出て行った後、風呂で抜くといい。勿論、俺をオカズにな。俺も現地に着いたら、歩で抜く。最低三発』  慶二の上品なバリトンが、耳を疑うくらい、いやらしい内容を囁く。  自慰は勿論した事があったけど、身近な人をオカズに抜くのなんて、初めてだった。  薄い腹筋につきそうなほど反り返ってる分身に手をかけ、粘つく透明な液体を零してる先っぽを、親指の腹で撫で回す。僕は、先っぽが感じやすかった。  慶二の綺麗で長い指を思い描き、仰け反って頭からシャワーを浴びながら、ゆるゆると扱く。 「あっ・ん・はぁ」  慶二のシニカルな笑みや、優しい笑い皺や、キスする時の真剣な表情を思い出す。   「あんっ・慶二、好きぃっ……!」  ここからは妄想だ。精悍な頬や凜々しい眉が、快感に歪んで上気するのを想像する。  そして、バスローブを脱ぎ落とした時に見た、大きくて太い器官を自分で弄ってる慶二も想像する。  男同士のやり方は歴史小説で読んでかろうじて知ってたけれど、経験した事がないから気持ちいいのかどうか分からなくて、()れてる所は思い浮かばない。 「あ・あ、イき・そ……っ」  固く瞑った瞼の裏の慶二が、セクシーに掠れたバリトンで、耳元に囁いた。 『イって良いぞ、歩』  軽く嫌悪感さえ覚えていたから自慰が、こんなに気持ちいいと思ったのも初めてだった。  腰を動かし、指で作ったリングの中を夢中で注挿する。 「アッ・んぁっ・や・イく――……っ!!」  勢いよく白濁が飛び出す。脳裏の慶二も、快感に染まった表情でイってる。  僕はビクビクと身体を跳ねさせながら、僅かに腰を動かして余韻に浸ってた。 「はぁ……」  だけど男ってのは、イった後、急激に頭が冷える。  肩を喘がせて薄らと瞼を開け見下ろすと、精液が手の中から零れて、排水溝に渦を巻いて流れていくのが見えるだけだった。  初めての強い快感に、腰が砕けてバスタブの縁(へり)にへなへなと坐り込む。  慶二は、何処にもいない。今頃、空港か飛行機の中だろう。  創さんに押し倒されたのを思い出して、慶二が居ない事に、ちょっと恐くなる……というより、寂しい、の方が強いかな。  慶二も僕で抜くって言ってたけど、ホントかな。僕が慶二でしたみたいに、僕の名前を切羽詰まった声で呼んで果てるセクシーな妄想が止まらずに、僕は濡れた髪の毛をぷるぷると振って水滴を飛ばした。  いけないいけない。また、したくなっちゃう……。  流石に慶二みたいに三発抜くとか、冗談でも言えない。  あれは、冗談? だったのかな? それとも慶二、絶倫?  また熱がこもってどうにもならなくなる前に、僕はふかふかのバスローブを羽織ってバスルームから出た。  喉が渇いたな。牛乳でも飲もう。  長い前髪は頬に貼り付いている。それをバスタオルで拭きながら、キッチンに行って牛乳ビンを出した。 「ふぅん……アンタが、慶二の結婚相手?」 「え!? あっ」  突然かかった声に驚いて、牛乳ビンを取り落とす。派手な音と共にガラス瓶が砕け、牛乳がぶちまけられた。  一瞬そっちに気を取られたけど、部屋の中に僕以外の人間が居る事の方が異常な事態だった。  声のした方を振り返ると、茶色い巻き毛で色の白い綺麗な顔立ちをした小柄な少年が、シルバーがかった上品なグレーのスーツを着て、玄関ドアにもたれかかって腕を組んでいた。  ネクタイは、宝石の輝くループタイだ。  バスローブ姿で頭にバスタオルを乗せた僕を、絡み付くような視線で、頭の先から爪先まで値踏む。 「だ、誰っ?」  慶二の留守は、僕が守らなくちゃ!  恐かったけど、鋭く誰何(すいか)する。 「どうやって入ったの!?」  だけど僕のそんな決意を砕くように、少年は胸ポケットから一枚のカードを取り出して、顔立ちとは不似合いに狡猾(こうかつ)に微笑んだ。 「霧島慎(きりしましん)。慶二の、あ・い・じ・ん」  絶望に、視界が赤く染まる思いだった。  見せ付けられたカードは、確かにこの部屋のカードキーなのだった。

ともだちにシェアしよう!