20 / 37

第20話 親指

 平良さんは、本当に執事さんだったらしい。  お粥が物凄く美味しくて、思わずホワイトボードに『コックさんみたい!』って書いたら、イギリスの執事学校で、簡単な調理も学んだと話してくれた。  三食、美味しくて滋養のあるものを作ってくれて、合間にお医者さんも呼んでくれて、薬を飲んでうとうととする。  次の朝も慶二は電話をかけてきてくれ、最後に「愛してる」って言ってくれた。  ちょっと咳き込んだけど、この日は「僕も」って伝える事が出来た。  そして今日の夜、慶二が帰ってくる。  僕は満面の笑顔で、平良さんにある提案をした。     *    *    * 「ただいま、あゆ……」 「おかえり!」  僕は待ち構えていて、慶二の逞しい胸に、飛び込むように思いっきり抱き付いた。  風邪で喉はまだ痛かったけど、喘息の発作は引いていた。 「歩……歩」  驚きから、喜びに語調が変わる。  肉厚の掌で頬を包み込まれ、チュッと唇が触れ合った。 「んんっ!」  深くなりそうな口付けに、僕は慌ててカウンターキッチンを指差して、真っ赤になる。   「お帰りなさいませ、慶二様。ご安心ください、歩様。見ておりません、ご存分に」  平良さんは涼しい声で言って、深々と頭を下げ続ける。  ご存分に、って……!  慶二が僕をハグし返し、一つ咳払いして、カウンターキッチンの中に立つ平良さんに声をかけた。 「いい。頭を上げろ、平良」 「は。お邪魔致します」 「これは……平良が作ったのか?」  ダイニングテーブルに並ぶお皿を見て、慶二が不思議そうな声を出す。 「私が少々お手伝いして、歩様がお作りになられました。歩様は、お独り暮らしをなさっていたので、料理がお得意だそうです」 「歩が作ったのか?」 「うん」  手を握って、慶二をダイニングテーブルに導く。  倚子を引いてエスコートしようとしたけど、慶二は目元で微笑んで、僕の頭をポンポンと撫でた。  逆にお姫様にするみたいに掌を下から握られ、向かいの席にエスコートされて、倚子が引かれる。 「さあ、歩」 「あ、ありがと、慶二」  僕はそんなの慣れてないから、ちょっと照れながら座る。  平良さんと何回練習しても、僕はあんまり上手くタイミングを合わせられなかったけど、慶二はスマートにエスコートしてくれた。  慶二に心配かけた分、労ってあげたかったんだけど……敵わないな。  慶二の倚子は、平良さんが引いて座る。  ダイニングテーブルの上には、チャーハンとフカヒレスープと、餃子が小山になっていた。  フカヒレスープなんて食べた事なかったから、平良さんに作り方を訊いたけど、チャーハンと餃子は殆ど家で作ってたものだ。材料は高級だけど。 「凄いな、歩……」 「平良さんに訊いたら、慶二は餃子が好きだって言うから……本場の味じゃなくて、僕なりの作り方だけどね。こういうリサーチは良いでしょ?」 「ああ。歩の手料理が食べられるなんて、思ってもいなかった。食べても良いか?」 「うん。どうぞ」  平良さんに訊いたら、慶二は殆ど外食かデリバリー、面倒な時は高級冷凍食品をチンして食べてると言っていた。  だからか、平凡なチャーハンに餃子だけど、慶二は目を輝かせて口に運ぶ。  平良さんが餃子の為に用意してくれたのは、お醤油とお酢とラー油じゃなくて、香醋(こうず)という、中国のお酢だった。本場では、お酢だけで食べるんだって。 「美味い!」 「ふふ、良かった」  食事の時もお上品な慶二が、子供みたいに餃子をパクつくのを見て、僕は嬉しくなる。  口が肥えてるだろうから、合わなかったらどうしようと思ったけど、平良さんが「愛情という隠し味が、何よりも美味しい筈でございます」なんて言うから、心だけは込めて作った。  僕もいただきます、と呟いて餃子を食べる。  うん、我ながら美味しいな。  ニンニクは抜きにした。何故って……。そこまで考えて、僕は頬が火照るのを感じる。 「小鳥遊では、専属のシェフを雇ってる奴も多いんだ。だけど俺はもっぱら外食だから、手作りなんて、子供の時以来、初めて食べるな」 「そうなんだ」  平良さんが見守る中、僕らは色んな事を話しながら食事した。  何も考えずに「コアラ居た?」って訊く僕に、「それはオーストラリアだ、俺が行ったのはオーストリア」って、慶二が噴き出す。  オーストリアの実業家と商談をしたんだけど、その人の髪型が七三ならぬ九一で、笑いを堪えるのが大変だったとか、小鳥遊は代々禿げないから安心しろだとか、禿げても良いよとか、他愛もない事を話す。  あと、慶二も、小さい頃お母さんを病気で亡くしているんだって。  だから、手作りが初めてなんだ。僕がいっぱい作ってあげよう。    五十個余り作った餃子を、二人でペロリと平らげてしまった。  大部分を食べた慶二が、ちょっと心配になる。 「慶二、胃薬飲む? 無理してない?」 「してない。美味かった、歩。ありがとう、フライト疲れが吹き飛んだ」  慶二が箸を置くと、すかさず平良さんが片付けてくれる。  バリスタみたいな濃い茶色のエプロンをして、手早く二人分の皿を洗ってくれた。 「オーストリアって、何時間ぐらいかかるんだっけ?」 「フライトだけで、約十二時間だ」 「うわ。大変」  海外に行った事のない僕は、驚きの声を上げる。 「何、慣れてるし、機内ではたっぷり睡眠をとったからな。体調は万全、だ」  万全、に力が込められる。  そう言えば僕、えっちは慶二の体調が万全な時だけ、とか言った気がする……。  僕はまた俯いて赤くなった。 「それでは慶二様、歩様、失礼致します。おやすみなさいませ」 「ああ。ご苦労、平良」  平良さんが自動ドアの向こうに消えると、ソファで僕の肩を抱いて寛いでた慶二は、途端にキスしてきた。  良かった。ニンニク抜いておいて。 「歩……今すぐ抱きたい」  唇を触れさせながら、熱っぽく囁かれて、僕はクラクラしちゃう。  慶二の声、ホントにセクシー。  でも僕は口付けが深くなる前に、逞しい胸に腕を突っ張って、身を離した。 「駄目……慶二。僕、風邪引いてるんだよ。うつっちゃう。風邪を引く暇もないんでしょ?」 「そうか。無理させる訳にはいかないな。じゃあ……イチャイチャするだけなら良いか?」 「イ、イチャイチャって?」 「ベッドでイチャイチャ、だ」 「わっ」  急に軽く抱き上げられて、僕はビックリして慶二の首根っこにしがみつく。そのまま僕の部屋に入って、セミダブルのベッドに下ろされた。  慶二が僕を腕の中に閉じ込め、顔中にキスをする。  風邪をうつしちゃいけないと思って、唇を引き結んでいたら、唇以外のあらゆる所にキスされた。  額、こめかみ、鼻筋、鼻の頭、頬、顎、喉仏……。 「ん……んん……」  気持ち良過ぎて、強請(ねだ)るような声が上がっちゃう。  靴と靴下を丁寧に脱がされると、ふと慶二の動きが止まった。 「足……どうした。歩」 「あ」  親指には、包帯が巻いてある。 「僕、そそっかしいから……牛乳瓶、割っちゃって。踏んじゃったんだ」 「酷いのか?」 「ううん。ちょっとした傷だけど、平良さんが、慶二の留守中に僕に傷をつけたとあっては……って、お医者さんに包帯巻いて貰ったんだ。もう、殆ど治ってる」 「そうか。心配させるな。傷を看るぞ」 「看るほどでもないよ。ホントにもう、治りかけ」  でも慶二はテープを外して、包帯を解いていく。ガーゼにはもう血はついてなくて、そこはもうかさぶたになってるのが窺い知れた。 「ね? 大丈夫でしょ?」  踵を持って、注意深く親指の裏を見ていた慶二は、思いも寄らなかった行動に出た。   「ふぇっ!?」  足の親指を、スッポリと口内に収めて舌を使う。勿論初めての経験だったけど……何これ、気持ち、いい……。 「んっ・ヤ・駄目……汚いよ、慶二」  窘めている筈なのに、声が裏返っちゃう。  舌が傷口をチロチロ舐めると、そこは酷く敏感で身体が跳ねた。 「駄目、だったらぁっ」  指の股にも舌が這う。 「ひゃんっ・ん・んっ」  爪先から快感がじわじわと這い上がってきて、無意識に腰が揺れてしまう。 「やぁん、馬鹿ぁ……っ」  そんなアブノーマルな接触に感じている事が恥ずかしくて、慶二を責める言葉が口を突く。 「あっ!?」  その快感に翻弄されている内に、気付いたらセーターはたくし上げられ、ジーンズは膝辺りまで下着ごと下ろされていた。  慶二の手が、芯を持って赤く熟れた分身にかかって、ゆるゆると扱く。 「アッ・んや・ヤッ!」  初めて与えられる愛しい人からの(えつ)に、僕はあっという間に暴発した。勢いよく、薄い腹筋に白濁が散る。 「ハ・アアァァアアアンッッ!!」  自分でもビックリするくらい、激しく高い声が上がっちゃう。思わず片手で自分の口を塞ぐと、慶二がその手の上に口付けた。 「大丈夫だ、歩。ワンフロア全部、俺の部屋だ。誰にも聞かれる事はない」 「ン……はぁ……はぁ……」  僕は額に汗を滲ませて、息と鼓動が収まるのを待つ。 「愛してる。歩。風呂……一緒に入るか?」  ヘッドボードのティッシュを引き出して、僕が出したものを拭きながら、何でもない事のように慶二が言った。  え、そんなの、恥ずかしい……。  僕は長めの丈のセーターを下に引っ張って、何とか分身を隠し、ふるふると長い前髪の奥で首を横に振る。 「そうか。恥ずかしいか? 歩は綺麗だから、ちっとも恥ずかしくないぞ? その内慣れて、一緒に入ろうな」  慶二はそう言ったけど、すぐに自分の部屋には戻らずに、しばらく僕を抱き締めて頬にキスをしたりしていた。  恥ずかしかったけど、心は炭酸みたいにシュワシュワと弾けるようにして、何とも言えない幸せな心地なのだった。

ともだちにシェアしよう!