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第2話

今日は病院もないし、どこかへ行く予定もない。(ふみ)は仕事へ行ってしまって僕は体が怠くてベッドに横になりながら部屋の白い天井を眺めてた。 「……掃除でもしようかな」 白い天井を眺めていると、ざわざわと胸が騒ぐ。このまま何もしないで時間が過ぎて行くことへの恐怖なのかもしれない。大病を患ってからというもの僕は時間をもったいなく過ごしてきたんじゃないかって思うようになっていた。 文も僕もいい年齢になって仕事も忙しく、お互いすれ違いの時間が多くなっていた。でもそんな事も気にならなくなってて。もっと文と一緒に過ごしたい、本心では思っていながらも、そんな本心に無意識に蓋を締め、気が付かないでいた。 「あ、これ……アルバムか。へぇ……」 棚のほこりとりをしながら、見つけた赤い装丁のアルバム。確か、二人で暮らしはじめて少し経ってから文が買ってきた。すごい分厚いし、デジタルな時代にこんなの必要なのかって言ったっけ……。 僕はその場に座り込むと、アルバムを開いてみた。そこには高校時代から最近までの写真がいっぱいだった。僕はこんなにこのアルバムに写真が貼ってある事に気が付かなかった。文が一人で、二人の思い出をここに残してくれていたんだ。 一緒に天体観測へ行った写真、文化祭、球技大会……あ、合唱祭もあるよ。文は歌が上手だったんだよな。僕は……まあ普通。 アルバムをめくっていくと、だんだん二人一緒に写っている写真が減ってきた事に気が付いた。文が作ったアルバムだからか、僕が一人写っている写真が多い。……そうだ、仕事が忙しくてなかなか二人の休みが合わないから旅行へ行く事も最近はなくなってたんだよな。最後に一緒に旅行行ったのって……ああ、もう五年前か。そんなに経ってたのか……。日光の霧降高原で天体観測とか無謀な計画立てたんだよ。バカだな~……あのとき、結局星は見つけられた?どうだった? そんなことを考えながら二人で写っている写真を眺めていると、手の甲に水滴が落ちた。 「……ほんと、バカだよなぁ。もっと、もっともっと、大事にしておけば、よ、よかった。バカだな僕は……」 僕の瞳から、ボロボロと涙が落ちてアルバムを濡らしていく。涙の洪水はなかなか止まらず、もう写真が良く見えない。 僕は病気になってから初めて大泣きしていた。病気が辛い。体が自分のじゃないみたいに動かない。文が可哀想だ。こんな歳まで僕と一緒にきたのに、僕はこんなんだ。自分が情けない。今更になって健康であることのありがたさに気が付くなんて。 「……優斗(ゆうと)? どうした!?」 いつの間にか部屋に文がいた。いつ帰ってきたんだよ?こんなボロボロ泣いてる時に返ってくるなんて、間が悪すぎだろ、文。 「な、なんでも、ないよ……」 「なんでもなくないだろ? どこか苦しいのか? 病院へ……」 「違う、違うから、文」 「けど、優斗……」 「文」 「なに? 優斗」 「別れよう」 僕は、思い切って口を開いた。喉がカラカラでその言葉はかすれていた。それでも僕の言葉を聞き取った文は、じっと僕を見つめ眉間に皺を寄せていく。 「……は?」 「も、十分だ。ありがとう、文」 「……は?」 「だ、だからさ、もういいよ。ほんと、ごめんな。文の大事な時間、僕が、奪って」 「……」 黙り込んだ文は急に立ち上がると、ドスドスと足音をたてて部屋を出て行った。 文、怒ってるな。当然か……僕は文の時間を、奪って、気が付けばいいおじさんになってて。ホント、バカだって気が付いた。病気になって気がつくなんて。 でも、まだ文には先がある。僕はこの先がよく分からない。だから、今、別れた方がいい。文に負担をもうかけたくない……

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