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第4話

「昨日は早退で、今日は定時退社?」 「……はい」 「周りはまだ仕事してるんだけどねぇ」 「自分の仕事は終わりましたので」 帰る所だった俺を呼びとめてわざわざ説教か。暇ならアンタも帰れば良いだろ?俺は急いでるんだ。 周囲がざわめきチラチラと聞えてくる誹謗中傷。定時に仕事を終えるのがそんなに罪なのか? 「菅田(かんだ)くん、キミ、いくつになるんだっけ?」 「? 44歳ですが」 「その歳でさ、結婚もせずにいると、そうやって仕事に無関心になるもんなのかね?」 「……は?」 何が言いたい? 「家族を持って一人前だって話だよ」 「……家族を持って一人前、ですか……」 「ん? なに?」 「時間がないので失礼します」 俺は嫌味をいう上司を置いて、さっさとオフィスを出た。 家族を持って一人前、そうは思わない。家族を持ったってどうしようもないヤツを俺は知っている。俺の親父だ。俺の親父は家族がいても家族を裏切り悲しませ、ある日突然蒸発した。 だから、俺は…… 思考の渦にグルグルと巻き込まれているといつの間にか俺と優斗(ゆうと)の家がある駅に電車が滑り込んだ。俺は電車のドアが開くのと同時に飛び出し足早に改札へと向かう。 無性にどうしようもなく、優斗に会いたくて仕方なかった。俺を見ると嬉しそうに笑い、少しクセのある明るい色の髪の毛を揺らしながら、おかえりと言ってくれる優斗に早く会いたい。 マンションに着くと、エレベータが来るまでの時間がもどかしく、俺は階段で優斗の待つ自宅へと駆け足で登った。早く会いたい。 部屋のドアの前で弾む呼吸を少し落ち着かせてから鍵を取り出し、ドアを開けた。 いつもなら優斗がリビングからやってきて、あの笑顔を見せてくれるはずだった。だが、優斗は出てこない。俺は急にイヤな予感がして、急いでリビングへ行くと優斗が棚の前に座りこんでいた。近寄ると、泣いているのに気が付いた。優斗が泣くなんて、今までほとんどなかったからかなり動揺した。 「……優斗? どうした!?」 優斗が涙にぬれた顔を俺に向けて両目が見開いていくのを見た。こんなに泣く優斗を見たのは初めてで俺の鼓動はまた激しく波打つ。こめかみにドクドクと感じる。 「な、なんでも、ないよ……」 「なんでもなくないだろ? どこか苦しいのか? 病院へ……」 いや、救急車か!? 救急車を呼んだ方がいいか!? 「違う、違うから、(ふみ)」 「けど、優斗……」 「文」 すごく苦しそうだ……そう続けようとしたが優斗に名前を呼ばれて遮られた。またすごくイヤな予感がする。 「なに? 優斗」 「別れよう」 「……は?」 別れよう? 「も、十分だ。ありがとう、文」 「……は?」 何が十分なんだ? 「だ、だからさ、もういいよ。ほんと、ごめんな。文の大事な時間、僕が、奪って」 ……なに言ってんだ、こいつ……? ……そうか、なるほど。そういうところ、相変わらずだな、優斗。 なら、俺はずっと前から思っていた事をやるまでだ。今日がその日だとは思わなかったので、多少足りない物もあるが、いいだろう。時間を大事にする事を俺は学んだばかりだ。 俺は急いで部屋の外に出た。廊下を歩きながらスマホを取り出してタクシーを呼ぶ。五分ぐらいで来るらしく、マンションの車止めまで出てタクシーを待った。言われた通り五分ほどでタクシーが滑り込んできた。 「菅田様ですか?」 「そうです。連れを連れてくるので待っていてください。行ってもらいたい場所はここです」 「……おや、高速に乗ってもよろしいですか?」 「はい、構いません」 運転手と簡単に会話をし、俺はまた急いでエレベータに乗り込み、部屋へ戻った。 なぜか俺が戻ってくると思っていなかったようで、優斗はまた驚きの目をこちらに向けた。おいコラ、なんで戻ってこないって思うんだよ、バカ優斗。

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