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第5話

バンッ! 部屋の扉が勢いよく開くと、(ふみ)が部屋に戻ってきて、手にコートと防寒具を携えていた。 「わ! え!? 出ていったんじゃ……」 「これ着て一緒に来い」 「え、コート? 外へ行くのか?」 「寒いから、コート。早く着て」 有無を言わさない文の迫力に、優斗(ゆうと)は差し出されたコートを羽織ると、文は優斗にニットの帽子とマフラーを着けた。文は着替えた優斗の右手を引くとそのまま部屋の外へと連れ出し、廊下を歩いてエレベータを呼び出す。そして優斗の手を握ったままエレベータの一階のボタンを押した。 「……文、手、つないだまま……」 優斗がそう言うと、文はさらに手を強く握りしめた。二人で外出する時は友達を演じるために、あまり手を握ったりしないようにしていたのに。 手を握ったまま一階に着きエントランスへと出ると、送迎のランプが点灯したタクシーが止まっている。 運転手がドアを開けると文はやっと手を離して、優斗を先に乗せ、その後すぐに自分も乗り込んできた。 「どこ行くんだ? 文?」 優斗は小声で文に行き先を尋ねたが、文は前を見たままで答えてくれない。こういう風に貝になってしまうと文は目的を遂げるまで口を開かないのは昔からの癖だ。優斗は諦め溜息をつくとシートに身を委ねた。すると、文はまた優斗の手をそっと握ってきた。優斗はその手を振りほどく事も握り返す事も出来ず、ただ顔を俯かせるだけだった。 かなり長い時間タクシーに乗っていた。途中、高速を走っていくのに優斗は気が付き、そっと文の様子を伺う。文はただ変わらず前を見続けるだけだった。 そしてそのまま時間が過ぎていき、それでもやっとタクシーが目的地に着いたようで停車した。運転手に言われた金額を聞いて優斗は軽く眩暈を覚えたが、文は全く意に介さずで、クレジットカードを差し出し清算を済ますと、運転手に声をかける。 「一時間後に」 「はい、承りました」 そして、清算をする為に離した優斗の手を再び握ると、文と優斗はそのままタクシーを降りた。タクシーがその場を去ると、周りの音が真っ暗な世界に吸い込まれていく。 ここは…… 「あ、ここって……」 「俺と優斗が初めて二人っきりで天体観測した場所。憶えてた?」 「そりゃ、憶えてるよ! だって、ここで……」 「うん。優斗が俺に告白してくれた」 「……そう、だよ」 この場所、忘れるわけがない。でも忘れていた。忙しい日々の中ですっかり抜け落ちていた大事な場所だ。 あの時、いつものように文が誘ってくれた。優斗はまたいつもみたいに大勢でワイワイ賑やかな天体観測だと思ったのに、なぜか二人っきりで。文は、はにかみながら、たまには静かに観測するのもいいって言ってくれ、優斗はその文の笑顔を見て告白を決めたのだった。 優斗は横に立っている文を見ると、文があの頃よりも少し皺のある横顔を空に向けているのに気がつき、優斗も空を見上げる。 「うわ……」 漆黒の空に幾千の輝く星たち。優斗は星々を見上げあの時の、若く、なにも知らない自分を思い出す。先の事なんて深くは考えない幼い自分……。 そう、先の事なんて考えなかったから、優斗は文に告白した。ただ、文に自分が文を好きなんだと伝えたくて、知って欲しくてその勢いのまま…… それが、この結果だったと優斗は落ち込む。自分は病気だ。歳をとって体が老いていくなんてことも、あの頃の自分は考えもしなかった。 「優斗」 「ん?」 文が優斗に声をかけ、相変わらず手は握ったままで優斗に顔を寄せる。 「塩川優斗さん。俺と結婚して下さい」 「……え?」 優斗は一瞬、文がなにを言っているのか理解できず、息を詰め文をただ見つめた。

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