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第3話
だんだん音に近づくごとに、不穏な空気を感じ始めた。
俺が生きている世界の空気。暴力の臭いだ。
暗闇の中で、三人の若い男がホームレスを痛めつけていた。
それとその場にはもう一人、ベンチに座って、殴られるホームレスをニヤニヤと見ている男がいた。
「どいてくれないか」
声をかけるとベンチの男がうろんなものを見る目を、俺に向けた。
「なんだよ、お前」
「そのベンチは俺のベッドなんだ」
三人の男はホームレスから手を離した。ホームレスはぼろくずのように地面にうずくまっている。
「俺たちの邪魔をするつもりか?」
「そんなつもりはない。ただ俺は今すぐベンチで寝たいだけだ」
男がベンチから立ち上がり、俺に近づいてきた。低い身長をさらに縮めるような前傾姿勢で小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「お前もホームレスかよ。なら、片付けなきゃなあ。公園はきれいに使わないと……」
男は最後まで言葉を続けず横倒れに倒れた。話すことが億劫で言葉より先に手が出ていた。
やれやれ。いい年をして俺も節操がないな。
俺が拳を構えているのを見てホームレスを殴っていた男達が目に剣呑な光を宿した。
「なにすんだ、てめえ!」
そう言った一人が殴りかかってきた。
体を開いて男をやり過ごし、足をかけて転ばせる。膝裏を強く蹴りつけ腱を絶つ。
男は大仰な叫び声をあげてのたうち回る。
うるさい、あほらしい、面倒くさくなった。
残りの二人はと見ると、ホームレスの頭を掴み上げ、首にナイフを当てていた。
「う、動くなよ! こいつを殺すぞ!」
「好きにすればいい」
空いたベンチにごろりと横になったが、地面をのたうち回る男の叫び声がうるさくて寝られやしない。
「おい」
目を開けると、ナイフを持ったまま固まっていた男がびくんと震えた。
「そいつをどこかへ連れてってくれ。うるさくてかなわん」
顎で地面の男を指し示すと、男達はあわてて仲間を抱えて去っていった。
やっと静かになったベンチに寝転がると、今度はホームレスがうめき始めた。
「おい、じいさん。いい加減にしてくれ。俺は寝たいんだ」
「……じゃない」
「あ? 何だって?」
「オレはじいさんじゃない。隼人だ」
断固とした口ぶりのホームレスに、俺はなんと言えばいいか分からず、口のなかで小さく「ああ……」などと呟いた。
かぶっていたフードを下ろすと、確かに隼人はじいさんではなく少年だった。
「ちくしょう……。あいつら好き勝手殴りやがって」
唸りながら隼人は膝に手をつき立ち上がろうとしたが、足を痛めたのかすぐに尻餅をついた。手を貸して立ち上がらせベンチに座らせると、隼人は目を丸くした。
「なんだ、あんた親切じゃないか」
「子どもには親切にしろってのが母の遺言でね」
「いい母ちゃんだね」
「ああ」
「でも俺は子供じゃない」
たしかに隼人の目はどこか昏く、子供らしい輝きは見えない。
「親切ついでに俺を家まで送ってくれる?」
「家があるのか?」
「ある。あっちだよ」
隼人が指差したのは木立の奥だった。
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