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第5話

「隼人、おまえ家族はいないのか」 「さあね。俺が家を出たときはいたけど。今は生きてるやら、死んでるやら」 「家出か。なにか嫌なことでもあったのか」 「なんにもないさ。ただ、俺の居場所があそこじゃないってことが分かっただけさ」 「隼人の居場所はここだったのか?」 「ここでもいいし、どこでもいいんだ。場所は重要じゃない。俺が俺でいられるところならね」 「家じゃだめだったのか」 「あそこでは俺は母親のコピーでいなければならなかった。父親も俺のお手本でいなけりゃならなかった。それは不幸っていうもんだろ」 「今は幸せなのか?」 「ああ。俺は俺のためだけに生きてるんだからね」 「しかし、そのせいで今夜死にかけたじゃないか」 「それは仕方ないことだよ。死は誰にでもやってくるし、いつ死ぬかは選べない。大事なのはいつも生きているかってことだよ」 「死んでないなら生きてるんじゃないか?」  隼人は微笑んだ。垢じみて日焼けして真っ黒な猿のようだった顔が少年の顔になった。  その時ふいに幸せについて語ったやつの顔を思い出した。いつものバーで飲んでいる時に隣り合ったじいさんだ。猿のように笑う老人だった。どこか死んだ父親と似ていた。  俺たちは気が合い、その晩一緒に飲んだ。 「本当に生きるってのは世界と一つに繋がることか?」  俺が聞いても隼人は答えず、痛む足をさすって黙ってしまった。沈黙と暖かさのおかげで睡魔がやってきて、俺は横になった。

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