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第2話
背中でそんな会話を聞いていた男性教師までも、興味津々に聞いてくる始末だ。
「青雨、お前先生を前にしてよくそんなこと言えるな?羨ましすぎるわ…」
「箕谷(みたに)先生。こんな話どうでも良いんで授業進めてください。ていうか普通は私語厳禁と生徒を叱りつけるのが、教師としてあるべき姿かと」
「真面目か」
正論を言ったのに何故か突っ込まれる。
腑に落ちない気分のまま、俺は周りの声を聞き流す。
「でも、青雨が好きになるとしたらふつーの人間じゃねえだろうなあ」
「ああ、たしかにー。よっぽどの超人とか?」
「お前らうるさい」
誰かを好きになる?
そんな日は、俺には当分訪れない。そう思い込んで疑わなかった。この時の俺には。
「音羽、お帰りなさい」
「ただいま」
杜若に椿、紫陽花や金木犀。そして四月の今は、染井吉野。
家の庭にはとにかく花の木が多い。花が咲いていない季節なんて、俺は生まれてから見たことがない。
表は店の入口なので、俺はいつも庭から入って勝手口から帰宅する。
庭の池の近くで、パラパラと鯉に餌をやっていた母さんが振り返った。
「音羽、本当に最近背が伸びたわねぇ」
息子の姿を目にして、母さんは眩しそうに目を細める。それは嬉しさよりも、罪悪感を俺に抱かせる。母さんにその気なんかちっとも無いって、分かってはいても。
「…今までがチビで病弱でごめんな」
「そんなこと言ってないじゃない。丈夫に産んであげられなかったのは、私の責任よ。…あんたは何にも気にしなくていいの」
ぽんぽん、と学ランの肩を叩かれる。若干餌臭いのが気になったけれど、口にはしない。
「それより、桜餅まだ食べてないでしょう?食べ終わってからでいいから、守り神様にご挨拶してきなさいね」
「…分かった」
花びらがちらちらと頬を掠める。
それと殆ど同じ白さの母さんの手は、和菓子屋という過酷な仕事をする上ではあまりに華奢だ、と改めて思う。
庭の奥の方、ともすれば森と言った方が近い場所に守り神と呼ばれる染井吉野はある。
家の敷地に何本がある染井吉野の中で、一番古くどっしりと根を張り巡らせたこの木に、青雨家は毎年桜餅をお供えしている。
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