6 / 39

第6話

頬に触れた手は、雨が降りしきっているせいかとても温かく感じた。 雨粒さえも違和感なく纏って、雅さんは俺を愉快そうに見つめている。 磨き抜かれた色硝子のように、鮮やかな浅葱色の瞳。 嘘みたいだけれど、声が出なかった。 あまりに、綺麗で。あまりに、浮世離れしていて。 胸の鼓動が、やたらと早い。 どくどくと脈打つ心臓が、これ以上この距離で触れ合うのは危険だと告げる。 「は、離れてくれませんか…」 顔を背けて懇願すると、雅さんは首を傾げた。 「何故じゃ?」 「ど、どうしたらいいのか…分からなくなるので。困ります…」 突然こんなことを言われて、よっぽど不思議に思われているだろう。でも、限界だ。 苦しいくらいに、美しい。 俺の頼みに、雅さんはうーむと声を上げた。 それから、打って変わってその手が俺の手首を引っ張った。 「分かった。お主、腹が減っておるのじゃな」 「は、はい…??」 ようやく顔から離れた手の温かさにほっとしたのも束の間、やや強引に先を行かれる。 戸惑う俺に、雅さんは子供のように屈託のない笑顔を向けた。 「確かに、人間の住む世界よりはちぃと天気が違うからのう。お主みたいに細い仔には寒いかもしれん。 ついて参れ。とびっきりの胃袋が喜ぶ食べ物を馳走してやるでの」 「そ、そんなお気遣いなく…!あ、あの…!」 ぐいぐいと引っ張るその手を、全力で振り払うことも出来ただろうに。 口だけでしか、俺は抵抗出来なかった。 何故だろうか。雅さんの瞳の色も声も、手の温度も。 体が、懐かしさでいっぱいになって震えだしそうだったんだ。

ともだちにシェアしよう!