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第30話
家の鳥居の前に立った雅さんは、一息ついて足元を見つめた。
手には、沢山の白い和紙と筆を1本持っている。
何が始まるのかと気になって、俺は尋ねた。
「何をするんですか?」
「ふふ。儂の仕事ぶりを音羽に見てもらう、いい機会じゃと思ってのう」
「…呪術師の、ってことですか?」
俺がそう尋ねると同時に、風が吹いた。
藤の薄紫の花びらが、雅さんの顔を横切っていく。
ふわりと目と口元を和ませると、雅さんは歌うように上機嫌に答えた。
「そうじゃ。好きな人には、自分の本分を見せたいものじゃろう?」
「すっ…!?」
首筋まで火傷しそうな台詞を惜しげも無く言われて、つい言葉に詰まる。
こんな風にさらりと、いとも簡単に俺の心に蜜を垂らしてみせるのだ。雅さんは。
優しい目のまま、けれどやや引き締まった口調になって、左手に持った紙を手放してみせると。
不思議な響きが雅さんの声で紡がれた。
「"万葉の夢に、爪先立ちて飛び逝く烏合の群れよ。
朝に花が、昼には蝶が。逢魔ヶ刻は玉響の閃。
宵には陽炎を揺らめかせて、彼の浄土に咲く泥中の花の色」
体中を、綺麗な破片が血管を通って行き交っているようだった。
視界に、幾つもの白い和紙が踊り、まるで雅さんに従うように、左手の動き通りに足元にぐるりと配置されていく。
風が、更に強くなる。
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