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第31話
「"待ち侘びたのは次に花開く芳しい春の君。
芽吹く蕾はやがて月の光も雨の粒も飲み込みて、咲き誇る"」
澱みなくすらすらと言いながら、雅さんは右手を動かしていく。
目の前に紙があって、それに書き連ねていくかのように。
迷うことなく筆を動かしていく。
そして、ふと足元を見て気付いた。
「…!」
和紙に、達筆な文字が次々に記されているのだ。
この字は、もしかしなくてでも雅さんのものだ。
思わず、雅さんの袂をぎゅっと握るくらいに、それは目を奪われる出来事だった。
藤の花びらと、雅さんの後れ毛が揺蕩う。
それはとても綺麗で、どこか懐かしくなる光景だった。
すっと息を吸い込むと、雅さんはひときわはっきりとした声で――言い切った。
「"詫びしい夢の終わりも次に蒔きて種の為ぞ。
降り注ぐ染井吉野の花弁の如く…幸多からんことを"」
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