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第16話 まっくろ【船山さんはブラック-2-】

 昨夜からの顛末を、なんと説明したらいいのだろう。  配属から半年。いい男なのに気さく! 優しい! 温厚! な仙道さんが昨夜……ブチ切れた。  んー、例えるなら『卓袱台をひっくり返した』そんなキレ方。昭和のドラマか? と疑うような怒り方で、今ここにいるいつもの仙道さんとの変わり様が未だに信じられない……。  システム本体には支障ない事。レシート印字の誤字なんて初歩的なミスで、見過ごしてしまってもおかしくない。なのに何故か修正出来ない苛立ち。  仙道さんは、ほぼほぼ完成した翌日納品予定のマスターを……    バックアップごと全消去した。  阿修羅が降臨したのかと思いました(泣  4月からの俺と仙道さんは、社長がテコ入れしたベーカリーカフェの店舗システムを作っていた。  いよいよ完成、最終確認の段階だった昨日の午後3時過ぎ、そのミスが発覚。「ゆでたまご」のレシート表記が、誤った文字で表示されてしまう。  工場直送のお惣菜は、一便と二便、三便、と入荷のタイミングでJANコードが異なる。午後の二便で入荷するゆで卵のJANコードを読み取ると、『茹でた孫』。  大元のリストを洗い、ホール用の端末でも読み取り、レジからも修正をかけ……思いつく限りの手を尽くしたのに、二便のゆでたまごのレシートだけが誤字。  一体どこまで掘り下げたらいいのか。最下層のデータまで見直して、それでも誤字が直らない。既に終業時刻。単純な誤字だし、そもそも真昼間の二便で届く卵のコードなんてほとんど使われない。もうこのままスルーして良し、としませんか?  仙道さんにはこの提案が許せなかったらしい。ほぼほぼ完成したシステムを……バックアップごと消去した。 「全体の構造なら、僕の頭に残ってるから大丈夫です」と、ものすごい勢いで入力を始めた仙道さん。6本腕の阿修羅の如く、速すぎてキーを叩く指先が見えない。そして無表情なのがオソロシイ。  こうなってしまえば背に腹はかえられぬ!記憶を呼び起こし、二人掛かりで再構築に取り掛かり、完全に復元したのは、空が白み始めた頃だった……。  ……思い出したら思わず涙が出てきた。  本気の仙道さん初めて見ましたーー。敵に回しちゃダメなタイプなんですねーー。目が座ってましたーー。  やり直しの甲斐あって、二便のゆでたまごのレシート表記は、待ちに待った「ゆでたまご②」に落ち着いた。  長かった。仙道さんの粘り勝ちですね!よかった!本当によかった!(思い出し泣き再び) 雫を止めることが出来なくて、ポタリ…っと落ちる。 「ちょ、ちょっと!! 大丈夫ですか船山さん!?」  「すいません。昨夜の事を思い出したら…今頃になって、つい。もう大丈夫。これで良かったんだ。結果オーライです」  取り繕うように早口で言い訳したけど、ばっちり見られてしまった。恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……。  赤面を隠すように、コーヒーの紙コップを鼻に覆うように咥えた。  これで、今日の午前に行う予定の動作チェックをクリアしたら、このプロジェクトも一区切りだ。いつも単独作業だからか、このプロジェクトは思い起こせばなんだか凄く楽しかった。  リフレッシュルームに土井さんが顔を出す。 「……お二人さん、やたら早いね。ってか帰ってないのか。食堂の朝定食、始まってるよーー」  土井さんは、平日は社員食堂で朝食を食べる派でしたね。 「船山はなんで空のコップ咥えてんの?おかわり飲むか?」  自分ののついでだから、と新しくコーヒーを届けてくれた。 「はい、船山はブラックね」 「ありがとうございます!」 「はい、仙道さんはミルク入れる?」 「はい! 朝はミルク入りが良いです。…て、船山さんブラックです?」 「はい、マドラーくるくるしない熱々を」  仙道さんが、ものすごく驚いている…。  「ずーーーっと、船山さんは砂糖入りだと思ってました! お砂糖、毎日添えちゃって、邪魔でしたね! うわー、気付かなかった…」   食堂に移動してからも、仙道さんはお砂糖のショックから立ち直れずにいる。今まで毎日、俺が言わなかったんだから気付く訳が無い。  使わなかったお砂糖の行方? 溜め込んでるよ、デスクの引き出しの中に。  あれは、戦利品だから。この弱小チームが上手く回っている証拠の品だからね。 <船山さん実はブラックでした編 おしまい>

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