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第16話 まっくろ 【社長さんのブラック-2-】

。 。 。 。 。 。 。  きっかけは、休暇帰りの国内線の座席に設えてあった無料情報誌。テレビで見る経済評論家と、聞いたこともないベンチャー企業と思われる会社の社長の対談か掲載されていた。  40代後半だろうか。勢いのある視線が印象的な、健康的な男性を紹介していた。そして、記事内の写真の社長の背後に、僕の憧れのマシンが映り込んでいるのを発見してしまったのだ。  事務的にテプラが貼られ、簡単な操作説明がなされているだけのぞんざいな扱い。コーヒー好きの僕の血が騒いだ。  この会社のリフレッシュコーナーで、何気なく使われているイタリア製全自動コーヒーベンダー。  エスプレッソと、そこにお湯を足したブレンドしか作れない。ホットのみ。これが、世界に数台しかない幻の名機だと知っている者は少ないだろう。  ここでなら、仕事がキツイ日も、美味いエスプレッソにありつける。リセットしてまた立ち向かえる。そして毎日会社に通うのが楽しみになる。社長もきっとそう思ったから、こんな手間のかかる装置を導入したのだろう。一度、直接会って話してみたい。いっそこの人の下で働きたい。この会社で働きたい!   株式情報を探るが、非上場、非公開。規模が小さい所為か、知り合いの伝手も望めない。転職の腹は決まっている。あとは自分の力で向かうしかないのだ。  HPにある大代表の番号に連日電話する日々が続いた。社長本人に会うまで、諦めるわけにはいかない。 全国を渡り歩く多忙な若き経営者が偶然本社に出向いた時、奇跡的に電話がつながった。  初めてこの部屋に押し掛けたのも、こんな夏の気配の夕暮れ時だった。  実際に社長に会ってみると、拍子抜けするほどシンプルな話で。  社長の古くからの友人が社長の誕生日にコーヒーベンダーを贈って寄越した。受け取ったものの、自宅には大きすぎるから会社に置いた。  製造元の代理店がまだ無い日本では、メンテナンスも簡単ではない。けれどもいずれはこの会社でライセンスを得て、日本でこのマシンを広めたらどうか、との案が出たため、モニターとして社員一同で耐久テストを兼ねて使っている……と。 「確かにコーヒーは美味いよ、ただ、豆のカスが大量に出るあたりが日本製ではありえないね。生ゴミが大変だ」 「捨てているんですか? 勿体無い」 「え? 何に使えるっていうの?」  このアポを社会科見学で終わらせる訳にはいかない。『熱烈珈琲オタクSE』から『会社の役に立つ人材』に、僕の印象を切り替えなくては。  営業トークは得意ではないけれど、この場で自分を「何かと使える仙道」と売り込まなくては僕の未来が無い!  焦り始めたまさにその時、休暇の最後に立ち寄った、長野県の実家で見たあるものが役に立った。  なあに、元々社内で持て余されていた、捨てるしかなかったものを、ちょっと奮い立たせて有効活用出来るよ、と提案しただけなのだ。  これが縁で、晴れて社長のお眼鏡に適い、現在に至るのだから、きっと運命なんでしょう。

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