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ピロトーク:運命の出逢い⑤はじめての共同作業
今日も顔を出した桃瀬さんが、僕を部屋から追い出した。
『いつものお散歩、制限時間は30分だ!』
自分の仕事だってあるというのに、散々気を遣わせている上に、部屋の掃除までしてくれて本当、有難すぎるって思う。
ノートパソコン片手にすごすごと部屋を出て、目の前にある児童公園のベンチにひとり、寂しく座った。膝に載せたパソコンをそのままに、いつもと同様に大きなため息をついてしまう。
「桃瀬さんともっと仲良くなりたいのに、どうすればいいのか分からないよ」
もっと仲良くなるには――
いろいろ考えた結果、名前で呼んでみようと思ってみた。既に彼は僕のことを、名前で呼んでくれている。それにあやかって、桃瀬さんを名前で呼んでみようと思えど、恐れ多い気がしてならない。
「いっ、郁也さん……////」
呟いた途端、頬にぶわっと熱を持った。
ただ呟いただけで、こんな状態。実際に本人を目の前にして、これを口にするとなったら、すっごく興奮しちゃって、頭が吹き飛ぶかもしれないぞ。
「だけどいつか、呼ぶことが出来たらいいなぁ」
「何を呼ぶって?」
次の瞬間、首筋にヒヤリとしたものが押し付けられた。
「わっ!?」
「こらこら、進んでないじゃないか、何をやっていたんだ?」
苦笑いしながらミルクティーのペットボトルを、そっと手渡してくれる。さっきのヒヤッとしたのは、これだったのか。
「いろいろと、考えごとしちゃって……」
「で、何を呼ぶんだ?」
意味深に笑いながら、隣に座る桃瀬さん。
困った――いきなり本人が現れるなんて、予想外の展開だよ。でもタイミング的に、言うなら今しかない。
顔をちょっとだけ背けつつ、照れながら口を開いてみる。
「えっと、ですね。その……桃瀬さんのことを、名前で呼んでみようかな。なぁんて考えたり……」
「……そんなくだらないことを考えていたせいで、原稿が進まなかったのか」
ガ━━━( ゚д゚ ;)━━━ン
くだらないこと――これって、くだらないことだったのか!? 一生懸命に照れながら言った、僕の勇気は一体……
「締め切り迫ってるんだからいい加減、真面目にやれよ涼一」
容赦なく、ばこんと後頭部を叩く始末。それに抗議をしようと、ムッとしながら横を見たら――目の下をほんのり染めた、桃瀬さんと目が合った。
「桃瀬さん、顔が赤いです」
思わず指摘すると、更に顔を赤らめる。
「おっ、お前だって、赤くなってるぞ。うつすんじゃねぇって」
そしてまた、頭を叩いてくる。
「やめてよ、もう! バカになったら、郁也さんのせいですよ」
勢いに任せて名前を言ってみた。もっと、仲良くなりたかったから――
見つめ合うふたりの間に、微妙な空気が流れる。やがて――
「……叩いて悪かった、バカになるなよ」
耳まで赤くなった郁也さんが、僕の右手をぎゅっと握りしめてきた。すべてを包み込むような、大きな手をしている。
「郁也さん?」
「高校のとき、目の前にいたお前を見ながら思っていたんだ。一緒に並んで、手を繋いでみたいなってさ」
「こんな外でそんなこと。結構、大胆ですね」
どうしよう、嬉しすぎて涙が出そうだ。もっと気の利いたこと言えればいいのに、言葉が出てこないよ。
「誰も俺らなんて、見ちゃいないさ。ホントはもっと早く、やりたかったんだが、なかなかタイミングが掴めなくてさ」
そして指と指を絡めるように、握りしめてくる。
「名前呼んでくれて、サンキューな。すっげぇ嬉しかった」
心臓が口から出そうなくらい、ドキドキしまくってる。繋がれた手のひらから、郁也さんの熱が僕に伝わって、身体が燃えるように熱い。
「マジでいい加減、原稿進めろよ。間に合わなくなるぞ」
「頑張って、間に合わせてみせるから。もう少しだけ、このままでいさせてほしいです」
「まったく――困ったヤツ」
「……郁也さんと一緒にいるこの感じを、ずっと噛みしめていたくて。そしたらきっと、いい物が書けるような気がするから」
はにかみながら言うと、頬に素早くちゅっとされた。
「////――!!」
「可愛いこと言って、俺を翻弄するな。ちゃんと有言実行すれよ」
「はい、頑張ります」
ただ名前を呼んで、手を繋いだだけ――それだけのことなのに、どうしてこんなに、幸せな気持ちになれるんだろう。
彼なら……郁也さんならきっと、僕のことを見捨てたりしない。ちゃんと愛してくれる。だってこんなにも優しく、僕の心を包んでくれるから。彼の眼差しや言葉が、それを教えてくれている。
前に付き合った恋人は、僕の過去を知って、すぐに去っていった。
『げーっ、小田桐ってば経験者だったの。しかも複数に輪姦されたなんて、お前汚ねぇじゃんよ』
そんなショックな言葉を投げつけ、あっさりとお付き合いが解消されたっけ。
「あの、さ……」
「はい?」
郁也さん緊張してるのかな、繋いだ手のひらから伝わってくる。しっとりとした汗の感触。
「お前を抱きたい」
ズバリと言われた言葉に、喉を鳴らしてしまった。
「勿論、今すぐじゃなくてもいいんだけどさ。その……付き合ったらこうやって、手を握るだけじゃなく、いろいろ欲しくなるだろ」
「……そうですね」
「涼一の決心がついてからでいいから、俺に知らせてくれないか?」
この人は――僕の決心がつくまで、いつまでも待っていてくれるつもりなんだ。本当に優しすぎるよ、郁也さん。
「じゃあ今すぐに、僕を抱いてください」
「おい、いきなり、どうした?」
「いきなりも何も、ずっと前から、決心がついていました」
繋がれてる手にもう片方の手を重ね、郁也さんの手を包み込む。こんな風に僕の心が、優しさに包まれてるんだろうな。
「郁也さんにずっと、触れて欲しいって思っていました」
「おまっ、そんな顔して、大胆なこと言うなって////」
困らせるつもりなんて全然ないのに、ひとりあたふたしてる郁也さんを見ていると、自然と笑みが浮かんでしまった。
「郁也さんって、可愛いですね」
「ガーッ//// 可愛いヤツに、可愛いとか言われたくないっ!」
「ふふふ、首筋まで赤くなってる」
ツンと頬を突いてみたら、眉間にシワを寄せ、心底困り果てた顔をする。
「涼一のことを翻弄しようと思ったのに、どうして自分が翻弄されているのやら」
ボヤくように言うと、握りしめていた手を引き寄せ、僕の手の甲にキスを落としてくれた。
まるで約束を交わしたみたいなそれが嬉しくて微笑んだら、突然抱きしめられる身体。
「今日、ウチに泊まりに来る?」
耳元で囁かれた郁也さんの声が妙に艶っぽくて、ドキドキが止まらない。こくりと、首を縦に振るのが精一杯だった。
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