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ピロトーク:ゲイ能人の 葩御 稜(はなお りょう)

「おーい、桃瀬。ちょっといいか?」  朝、いつものようにデスクに着き、作家の締め切りやら諸々、今日のスケジュールを入念に確認していると、三木編集長が銀縁メガネを格好良く上げながら、おいでおいでと手を振ってきた。  その顔色はちょっと冴えないもので、あまりよろしくない話であるのが見てとれる。  イヤだなぁ。ただでさえ忙しいのに、厄介な仕事を割り振られそうな予感が、満載じゃないか――  深いため息をついて、かけていたメガネを外しドナドナ状態で、隣の会議室に連れて来られた。 「そんな、イヤそうな顔するなよ。話し難くて、しょうがないじゃないか」 「それは、こっちのセリフです。朝からそんな顔した編集長なんて、俺は見たくなかったです」  お互い渋い顔をして、相手を見やる。  相変わらず頭はボサボサヘアで、ヨレヨレのスーツからは、哀愁がひしひしと漂ってきているように感じてしまった。  タバコに火をつけ上目遣いで俺を見て、ぽつりと呟くように、ゆっくりと話しはじめた。 「――お前、何か良いことあったろ?」  唐突に投げかけられた言葉に、はてと首を傾げる。 「顔は若干やつれてはいるが、雰囲気がウキウキした感じ。例えるなら、一週間苦しんだ便秘が、スッキリと解消されたみたいな」 「アハハハ……それに、近いかもしれませんね」  このオッサン、すっげぇイヤだ。どうして見ただけで溜まっていたモノを、吐き出したのが分かったんだよ!? ウキウキなんて、ひとつも醸してないぞ! 「それはさておき、僕たちの見えないトコで、一気に話が進んでしまった仕事がある」 「あー、いつものでしょ。上の決めた方針に、逆らうことなく従ってね、ホスト・ジュエリーさんって」  三木編集長が来てから、編集者のイケてるレベルが一気に上がったため(一応女性もいるのに)他の部はその様子を、ホスト・ジュエリーと名づけ上層部からは大変、愛でられている状態。 「ホスト・ジュエリーよりも、ホスト桃瀬に対してだよ」  涼一のオカンである俺なんて、放っておいてください(涙) 「再来月に発行される、小田桐先生の初の文芸のオビの文章を書いてくれる人が、残念なことに、ガラリと変わってしまった」 「はぁ!? 数字が入ったとあるアイドルグループの可愛いコを使えって言って、俺が小説と合わないから嫌だと散々揉めたあれが、今更方向転換ですか。一体、誰なんです?」  本についている帯は、中身のキャッチコピーが書かれていたりと、広告に役立つ。印象に残る言葉が書かれていれば、読者が手に取ってくれる率が、否応なしに上がるのだ。  どこぞのアイドルが言ったその言葉を記載しても、人気は一時的なもの。下手をすれば、帯だけ持ち去るファンが現れるんじゃないのか!? 「聴いて驚け、ゲイ能人の葩御 稜(はなお りょう)。今、話題の人だ」 「――寝たんですか。三木編集長」 「なっ//// 僕は専務と寝ていないって! 清い関係だからな」  そうじゃなく―― 「じゃあ専務が、葩御 稜と寝たんですね。ご愁傷様」  なんでも彼は枕営業で仕事を取ってきた人間だと、大層面白おかしく報道されていた。  乱れた芸能界のスキャンダル。ついにここまで、侵食してきたのか。 「違うって。今回の話は向こうから社長に、電話が着たんだってさ。入院中に差し入れされた、ジュエリーノベルを読んで、小田桐先生の作品にえらく共感したんだと」 「ウソ臭いですね、その話……」  テレビ画面に映った高慢ちきでキレイな顔を、ぼんやりと思い出した。  欲望全開の眼差しと、何か含みのある歪められた口元――自分の美貌を武器に、出演者を散々翻弄し、パフォーマンスを次々と展開していくテレビの向こう側を、涼一とふたり見ていて。 『きっと郁也さんも彼に見つめられただけで、真っ赤になっちゃうんだろうな』  なぁんてことを、じと目をされながら言われてしまい、そんなことねぇと必死になって言い返したんだ。 「ウソかホントか、俺らじゃ判断出来ない。それを見極めるべく、小田桐先生との対談話が、持ち上がってしまったからな」 「えっ――!?」 「出版する文芸のオマケに、対談話をつけたらどうかって打診があったんだけど、ほとんど決定事項だ。僕たちは黙って、従うしかあるまい」  葩御 稜と涼一が対談をする――危険すぎるぞ、とって食われちまう! 「ダメです、絶対に! 小田桐は純粋なんですよ。あんな毒気の強い男と接触したら、穢れてしまいます」  慌てふためく俺に、三木編集長が呆れた視線を飛ばしてきた。 「お前さ、前回のアイドルのときも、同じようなこと言ってなかったっけ? オビを書くのに顔合わせして、挨拶したらどうかって僕が提案したのに、アイドルに色目を使われたら、小田桐の人見知りが激しく炸裂するから……なぁんて言ってたような?」 「そっ、それは……////」 「どうしてそこで顔が赤くなるんだ? ワケ分からん。まぁ、大事な作家を思う気持ちは分かるけどな。もっと外の空気を吸わせて、いろんな人間と接触させた方が、作品作りのためには、とてもいいんだぞ」  タバコの煙をくゆらせながら説得する三木編集長に、どんな顔をしていいのか分からない。  確かに――涼一を囲っているのは、俺のエゴだ。誰にも捕られたくない、触れさせたくないという一方的な気持ちが、今の状態を形成している。 「ただでさえ編集者と一緒に暮らすっていうだけで、ストレスが溜まるだろう。顔を見た途端、督促されてる気分になるだろうしな」  反論出来ない――  俺が仕事から帰ったときの涼一の顔は明らかに、取立てに来たんだろうって表情を、これでもかと浮かべている。 「小田桐先生がお前と暮らしたいって望んだと聞いたから、渋々許しはしたが、いつも締め切りギリギリか、破っているみたいだな」 「はい、すみません……」  携帯灰皿にタバコを押し付け、ため息をついた三木編集長。 「甘やかすのも、ほどほどにしておけ。締めるトコはキッチリ締めてやり、コントロールしてみろ。夫婦生活っていうのは、そういうもんだ」 「えっと――夫婦生活って!?」  顔を引きつらせて首を傾げると、ニヤリと笑いながら、どーんと体当たりされた。 「デキてるだろお前ら。一緒に暮らし始めてから、仕事中の桃瀬のオカン業務に、磨きがかかったからな」 「あの、意味がさっぱり分かりません」 「頭の中に花咲かせてウキウキしながら、仕事をしてるって言ってるんだ。ときめいてる桃瀬は、眩しいくらいだぞ」  こっ、これに対して、何と言って返答したらいいのだろうか? 「僕の奥さんがこのこと知ったら喜ぶだろうけど、ナイショにしておいてやる。安心しろ」 「……有り難うございます。あの三木編集長――」  ナイショにしてくれるらしいから、お礼に伝えなければならないだろう。 「何だ?」 「今更なんですが、この会議室は禁煙です」  言いながら、目の前に掲示してある禁煙ポスターを指差した。 「遅っせぇよ、早く言ってくれ」 「すみません。話の内容が衝撃的過ぎて、指摘出来ませんでした」  うな垂れて、頭を抱えるしかない。一番接触させたくない相手と、涼一が対談するなんて―― 「小田桐先生にきちんと話して、納得してもらった上で対談に臨んでもらうよう、桃瀬が説得するんだぞ」 「――分かりました。善処します」  肩をガックリと落とした状態で、三木編集長と一緒に会議室をあとにした。  家に帰宅したくない気分、超満載である。

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