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ピロトーク:郁也さんの特技②
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明日の激務に備え自分の仕事に優先順位をつけて、あらかた片付けつつ、ぶっ倒れそうな人間をピックアップし、ソイツの仕事をする下準備をした。
「そんじゃ、お言葉に甘えてお先に失礼します!」
野戦病院と化した、編集部を逃げるように立ち去る。振り返るな、憐れむな、明日はわが身――
羨む視線を振り切って一路、周防のところに向かった。
「17時ちょっと前か。病院閉める時間だから、ちょうど良かったかもな」
腕時計で時間を確認して中に入ろうとしたら、上着を誰かにぐいっと引っ張られる感覚がした。振り向くと小学生くらいの女のコが俺を見上げて、もじもじしていた。
「どうしたんだ? 病院に用事なのか?」
ポニーテールに、可愛らしい花柄のワンピースが清楚な感じだ。女のコの視線に合わせるべく、膝に手をついて顔を見てあげた。
「あの、周防先生のところでお世話になってる、太郎の服を持ってきました」
背負っていたリュックを肩から下ろして、強引に手渡してくれる。
「周防が世話してる、太郎って?」
今時いるんだな、昭和チックな名前を付ける親。
「すみませんっ、余計なことは喋るなって言われてるので。それ渡してください」
まくし立てるように言って、俺が編集部を逃げたように走り去って行く。
「ちょっ、君の名前は?」
女のコの背中に慌てて訊ねると、
「えっと太郎の妹です。失礼します!」
きっちり一礼して、夕日に向かって走って行ってしまった。
「太郎の妹って、名前じゃないし」
リュックを手に困り果てながら、病院の中に入って診察室を覗いてみる。待合室に患者さんがいなかったから、多分周防ひとりだろう。
「ちーっす、土曜はどうもな」
自分の家の中に入るように、診察室に足を踏み入れる。パソコンと睨めっこしていた周防が、疲れた顔して俺を見た。
「ももちん……。随分顔色も良くなって、元気になったみたいだね」
「そういうお前は、大丈夫なのかって顔してるぞ。今日、忙しかったのか?」
心配になって周防の額に手を当てて熱を測ると、微妙な表情を浮かべて、すっと顎を引く。熱はないみたいなので、すぐさま手をどけた。
「ちょっと疲れが溜まっただけ。それよりもどうしたの、遠足に行くのにちょうど良さそうな、大きなリュックを持ってきて」
「おおっ、そうそう。病院前でいきなり、女のコに手渡されたんだ。何でも、太郎の服が入ってるらしいぞ」
「何だって!? その女のコは、どこに行ったの?」
先ほどの疲れはどこへ――鼻息荒くして、ぎゅっと俺に掴みかかってくる。
「悪い、帰っちゃった。名前を聞いたんだが、太郎の妹って名乗りやがってさ」
「そう……。どんな女のコだった?」
「ちょっと待ってろよ、こんな感じだった」
手に持っていたリュックを足元に置いて、ポケットに入れてるメモ帳を取り出し、覚えている人相を描いてやった。これでも結構、絵は得意な方なんだ。
顔は逆三角形で、髪型はポニーテール。身長はこれくらいだったから、140センチちょっとか。
向かい合ったときのことを思い出しながら、克明に描いていく。細身の身体に、花柄のワンピースっと。
「ももちん……期待はしてないから」
「何だよ周防、人がマジメに描いてやってるのに。ほらよ、できたぞ♪」
押し付けるように手渡したメモ帳を見て、周防が凍りついた。
「――やっぱりね。進化してると期待しなくて、よかった」
「何、言ってるんだ。すっげぇ似てるぞ」
どこまでも冷たい対応に、ちょっと怒りが湧き上がってくる。
「太郎! ちょっとおいで!」
診察室から廊下に顔を出し、どこかに向かって叫んだ周防。肩をすくめて椅子に戻ったとき、大きな声が背後から聞こえてきた。
「わんわん、用事は何ですか~?」
わんわんって、一体。
そのセリフに違和感を覚えて顔を引きつらせて振り向くと、そこには見たことのない男がこっちを見ていて、バッチリ目が合った。
「タケシ先生……誰、この人?」
明らかに年下だよな、コイツ――なのに周防を名前呼びしてるぞ、何者だ?
正直、俺を見下ろしてくる視線からは何となくだけど、友好的な感じがまったくしない。どちらかといえば、とっつきにくい印象を受けた。
「俺の親友の桃瀬。あのさ、この顔に見覚えある?」
周防が手渡したメモ帳を男に見せると、腹を抱えて笑い出した。
「なっ、何だよ、これ! こんな人間いたら、今頃テレビに出まくってるだろ! 宇宙人か!?」
「悪いが太郎、俺はこの絵を見てピンときたんだ。多分このコはお前の妹だ。よく見るとどことなく雰囲気が、お前に似ているからな」
言われてみれば太郎の顔、ちょっと似てるトコがあるような――? さすがは周防だ。俺の絵心を理解してくれているが。
……その前に太郎の妹だって、女のコは自己紹介してるし……
しかし指差ししながら、困った顔をしてるのは何故だ?
「この人が描いたのか!? 何か以外……」
男から放たれる軽蔑の眼差しが何ともいえなくて、縋るように周防を見た。
「紹介するね、コイツは病院前で、わざわざ倒れてくれた面倒くさい患者なの。しかも自分の素性を明かしてくれなくて、俺が適当に名前をつけた」
珍しい――周防が見ず知らずの人間の面倒をみるなんて。あ、でも患者だから医者として、仕方なく世話をしているのか。
「大丈夫なのか? 防犯上のこととか、いろいろさ」
「何とかね。ソイツまだ高校生だし、躾るのにちょっとてこずってるけど」
「……高校生だったのか」
「何だよその目は! ああ、どうせ俺は老け顔ですよ」
若いだろうなぁと見た目だけで判断したのだが、まさか高校生だったとは。しかし高校生にしちゃ、ちょっと大人びてるかも。
「涼一くんが通っていた学校の、高等部の制服着ていたよ。ほら太郎、着替えだってさ」
足元においていたリュックを拾い上げて太郎に手渡すと、リュックごと周防をぎゅっと抱きしめた。
「おい、コラ! いきなり何するんだっ、離しやがれ!」
「えっ!?」
明らかにブチ切れてる周防をぎゅっと抱きしめながら、挑むように俺を見る。
思わず――
「お前たち、デキてるのか?」
なぁんて野暮なことを聞いてしまった。ふたりの様子はどう見てもちぐはぐだったが、周防が激しくテレているだけかもしれないしな。
「デキでるワケないでしょ! 誤解しないでよ!」
そんなこと言ってるが、男は俺に対して敵意を抱いてるぞ。人の機微に鈍いと散々涼一に言われてるが、見てるだけでも分かる。
――これは俺のだ、絶対に渡さない――
そんな想いが、ひしひしと男から伝わってくるから。
「周防否定しなくていいって、俺ら親友だろ。隠してくれるなよ」
男に分かるように、友達関係をアピールしたのに。
「んもうぅ! 本当に違うんだって! だって俺は――」
「うん?」
身体に巻きついた腕を解きながら、顔を引きつらせて周防が固まる。
「どうした?」
訊ねる俺の視線を一瞥してから、男の手の甲をぎゅっとつねりあげた。
「いって~!!」
「とにかく、頼むからももちん勘違いしないでよ。コイツはただの面倒くさい居候なんだから」
両腕をW型にしてやれやれポーズをしながら説明する周防の傍で、恨めしそうな表情を浮かべる、太郎と呼ばれた男。
「もう一緒に寝てる間柄なのに、激しく否定しなくてもいいじゃん」
ぽつりと告げられた言葉に周防を見ると、顔を真っ赤にしている。やっぱり何だかんだ言って、しっかりデキてるんじゃないか。
「いい加減にしろ太郎! 余計なことを言ってくれるな! 桃瀬が絶対に誤解するだろ!」
「だって、一緒に寝てるのは事実だろ」
「だけど何もヤってないし、起こってもいない! そして勝手に布団に忍び込んでくる、お前が悪い!」
息を切らしながら怒りまくる周防に、肩を優しく叩いてあげた。
「そんなに叱るなって。太郎はお前のことが好きなんだから、しょうがないだろ。見てるだけで分かるぞ」
「なっ……?」
「そうだよな、太郎?」
太郎に向かって聞いてみる。
「ああ、その通りだよ」
スタスタこっちに歩いて来て、周防の肩に置いてる手を払い除けられながら告げられる。
「俺はタケシ先生のこと、すっげぇ好きだし。誰にも渡すつもりはないから」
おおっ、やっぱり――珍しく俺にしては冴えてるかも。
「そうか。周防のこと大事に想ってやってくれよな。俺はただの親友だから、捕ったりしないぞ」
俯いた周防を隠すように、太郎は俺の前に出た。
「どうだかな」
相変わらず、疑うような視線を送ってくる。
「俺、恋人いるし同棲もしてる。だから安心してくれ」
これだけじゃ、説得力に欠けるよな。なぁんて思ったとき。
「周防先生もう患者さん見えないので、病院閉めましたよ」
ベテランでおばちゃん看護師の村上さんが、診察室に入ってきた。
「こんにちは、村上さん」
爽やかに挨拶をした俺を無視して、眉間にシワを寄せる。
「なぁんかココ、よくない雰囲気が漂ってるわね。太郎ちゃん、ケンカしたんでしょ?」
「してねぇし。……あだっ!」
ケッという表情を浮かべながら答えた太郎の頭を、無言で周防が殴った。
「すみません村上さん。病院閉めてくれて有り難うございます」
「いいのよ、そんなの。いつもの晩御飯、冷蔵庫に入れておいたから、太郎ちゃんと食べてね。たくさん作ったから桃瀬さん、持っていっても大丈夫よ」
「有り難うございます。でも恋人が大量にワケの分からない物を作ってると思うので、今回は遠慮しますね」
俺が寝込んで以来、涼一が一生懸命に料理を作ってくれているのだが――
「ワケの分からない物?」
村上さんに聞かれ、返答に困ってしまった。
「えっと見た目がいろいろ問題なんですが、味は大丈夫みたいな」
頭をポリポリ掻きながら、そう答えるしかない。
調味料をしっかり量ってくれてるお陰で、そこから何の料理かを判断してるくらいだ。
「あらやだ、ちゃっかり桃瀬さんってば恋人の自慢してくれちゃって。ご馳走様です」
「いえ、そんなつもりは――」
「そんなつもりはなくても、いっつも自慢してくれるよね、ももちんってば」
ため息をつきながら椅子に座り、パソコンの電源を切る。何となく、周防の態度が冷たく感じた。そんなに自慢してる覚えはないのに。
「太郎ちゃん、あまりワガママ言って、周防先生を困らせたらダメよ。それじゃあお先に、失礼しますね」
デカい太郎の頭を優しく撫でてから帰って行った村上さん。俺も邪魔しないうちに帰らねば。
そう思って二人に簡単な挨拶をし、病院をあとにした。
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