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ピロトーク:郁也さんの特技⑤
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「おーい桃瀬ぇ、お茶頼む!」
「少しだけ待ってもらえますか? 電話が済み次第、淹れるんで」
雑務をこなしつつ、自分の仕事もこなす毎日。
副編集長になり仕事量は増えたが、捌けない量ではなかった。それを見越してなのか、編集長から声をかけられる。
しかもそれがいつも、絶妙なタイミング。てか編集長に押し付けられる仕事、家事的なものばかりのような気がするのは気のせいだろうか。
編集部のデスク周りの掃除やお茶を淹れたり、お菓子の買出しまで……前の副編集長はこんなこと、してなかったと思うのに。
編集長好みの熱くて渋い日本茶を淹れて、颯爽とデスクに赴いた。
「お待たせしました、どうぞ」
「忙しくしてるトコ、悪かったな。今日はやけに、ウキウキしてるんじゃないか?」
出たよ、オッサンの千里眼。変なツッコミ入る前に、さっさと退散しなければ。
「いつもと、変わりないですよ」
「いやいやぁ、肌の調子が良くて男前に磨きがかかってるし、厄介な仕事にも、口角上げて果敢に挑んでるし。しかも――」
イヤな含み笑いをし楽しげに告げると、自分の首筋を指差す。
「よぉく見ると、ワイシャツのここんとこから、薄っすらと覗くキスマークが、すべてを物語っているな」
(#゚ロ゚#)ハッ!
そういえば、涼一に付けられていたんだった。
「見えるトコに付けるんじゃなく、ギリギリのラインで付けるなんて、小田桐先生は策士だなぁ」
「そうですか? 俺なら見える場所に付けますけどね」
「小田桐先生の苦労、分ってないねお前。好きな相手の事を観察するだろ、目で追ったりしてさ。その観察を、逆手にとった行動なんだよ。よく見てみろ、コイツは売約済みなんだってね」
涼一Σ(o゚д゚oノ)ノ凄ッ!
「桃瀬狙いの女子社員、それ見て何人泣くかなぁ、数えてみたい」
「数えないで、仕事して下さい」
「仕事で思い出した。さっき森田を早退させたから、フォローヨロシクね」
予想通り欠員が出たか、しょうがあるまい。自分が撒いてしまったウイルスのせいだ。
苦笑いしながら俺を見やる視線に、顔を引きつらせるしかない。
「ただいま戻りました、原稿無事にゲットです!」
鳴海が編集部の空気を一変させるような、元気な声で言い放った。若いってだけで、そのパワーを貰える気がする。
「悪いなぁ、僕のところのも回収してくれて。助かったよ」
「いえいえ、困ったときは助け合いの精神。頑張って乗り切りましょう」
爽やかな笑顔を振りまいて、俺たちの傍にやって来た。
「鳴海お疲れ、お茶でも飲むか?」
お疲れの意味をこめて、肩をポンポン叩いてやると、えらく恐縮した顔して、ぶんぶんと首を横に振った。
「何を言ってるんですか。副編集長にお茶を淹れさせるなんて、そんな」
「桃瀬のブレイクタイムにもなるんだ、遠慮することはないぞ。ちなみに、バリエーションは豊富で滅法旨い」
言いながら手元にある紙を、押し付けるように手渡す編集長。
「何ですかコレ、『執事喫茶ジュエリーメニュー表』って。まんま喫茶店にある、ドリンクメニューじゃないですか」
「僕のオススメは、ホットコーヒーの桃瀬ブレンドだ。徹夜明けの身体に、酸味と渋みが染み渡ってなぁ」
はじめからこんなに、メニューが豊富だったわけではない。編集長のオーダーに応えていたら、そうなったのだ。
「えっと俺、コーヒー飲めないんで、すみませんが、アイスティ頼んでいいですか?」
「分かった。ベーシックティ・フレーバーティ、ハーブティから選んでくれ」
「じ、じゃあ、ベーシックで」
「ダージリン・アッサム、アールグレイがあるけど、どの茶葉にする?」
「ヒッΣ(゚口゚;)// じゃあダージリンで」
「ミルク・ストレート・レモンのどれにする?」
「…す、ストレートで」
「茶葉の銘柄なんだが――」
オーダーをこなそうと訊ねる俺に、どんどん顔を引きつらせる鳴海。
「ちょっ、何なんですか、この尋問のような質問は?」
困った顔して、編集長を見る。
「痒いところに手が届く。それが桃瀬って男だ、理解してやってくれ鳴海。これに慣れてしまうと、止められなくてなぁ」
ほくほくした表情を浮かべて、言ってくれたのだが、作業の手を休めて家事的業務をこなす俺のことも、少しは考えて欲しい。
てか、『執事喫茶ジュエリー』って一体いつから、専属執事にさせられたんだ?
「桃瀬にはブレイクタイム入れてやらないと、みんなが使う給湯室の掃除を黙々とやり出して、迷惑をかけるからな」
「何ですかそれ、キレイになっていいのに」
俺が小首を傾げると、呆れた表情を浮かべ、じと目をする。
「バーカ、しっかりこっちに苦情入ってるんだぞ。鬼気迫る勢いで掃除してるから、給湯室使えないって」
――それは悪いことをしたな。
「お前は凝り性で、一生懸命仕事し過ぎなの。適度な抜きを覚えなきゃ。鳴海はその逆、抜きすぎだから桃瀬のマネをしなさい」
いつものように、的確な指示をしてくれた。侮れないオッサンだぜ。
「じゃあ副編集長が忙しいようでしたら、小田桐先生の原稿、俺が回収しますけど」
「その呼び名は止めてくれ。忙しくて手が離せないときに頼むな」
たった一杯のお茶出しから、和やかな会話が弾む――こういうことで一層団結力が増し、仕事が円滑に回るワザを、さりげなく披露する三木編集長には、相変わらず頭が上がらない。
尊敬はするけど憧れの対象にならないのは、きっとへんなツッコミをするせいだ。
お陰で張り詰めていた内心が、少しだけ解れた気がした。
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