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ピロトーク:揺れる想い③

***  職場のデスクで思わず、笑みを浮かべてしまう。俺は幸せ者だと、思わずにはいられない。  目が覚めたとき、目の前にいた涼一がおはようの挨拶をせず、いきなり―― 「郁也さん、疲れてない?」  そう訊ねられて、言葉に詰まってしまった。いつもなら俺よりも寝ぼすけな涼一が、先に起きていて、自分を慮ってくれるなんて。 「大丈夫だ、スッキリ寝られた。それよりもお前が、寝れてないんじゃないか?」 「僕は大丈夫。眠たくなったら、いつだって寝れる環境にいるんだから」  眠そうな顔をしながらも、ちゅっとついばむようなキスをする。 「おはようの挨拶が抜けちゃったね。今更だけど、おはよう郁也さん」  そんな目覚めたときの光景が、脳裏に展開された。  周防のことに関して過去を振り返ると、頭を抱えたくなるようなことばかりが盛りだくさん過ぎて、反省の余地なしという状態。知らないということが、どんなに罪なことか、思い知った次第である。  そこを踏まえて―― 「過去は過ぎ去った思い出。終わったことは蒸し返さない。問題はこれからどうやって、周防に接していくか」  ひとえに、これに尽きるだろう。今までのように親友という関係を崩さず、適度な距離感で、接しなければならない。  というか難しい問題は後回しにして、目の前にある仕事に集中せねば!  気合を入れ直したとき、デスクの上に置いてあったスマホが、ブルブルと震えた。ディスプレィを確認したら、周防の病院に勤めてる、村上さんという年配の看護師さんからだ。  以前周防が体調を崩し寝込んだときに、今後何かあったときに連絡下さいと、お互い番号の交換をしておいたのだが。  ――もしかして周防の身に、何かあったのか!? 「ちょっと私用の電話で席、空けます」  デスク周りの人間に声をかけ、そばにある会議室に篭る。 「すみません、お待たせしました桃瀬です」 「おはようございます、村上です。朝早くに、ごめんなさいね」  済まなそうに告げられ、こっちが恐縮してしまう。 「いえ、大丈夫です。それよりも周防に、何かあったんですか?」 「そうなの。さっき電話がかかってきて、軽いぎっくり腰になったから、三日ほど臨時休院するって言われてねぇ」 「ぎっくり腰、ですか?」  そりゃ大変だな、アイツの家に行って、何か作ってやらなければ。 「でも、太郎ちゃんがいるでしょ? だからご飯の支度してあげますよって言ったら、出て行ったから、ひとりで何とかしますって電話、切られちゃったの」 「太郎が出て行った!?」 「私がね、周防先生に太郎ちゃんに対する態度が、冷たいんじゃないかって言ったのよ。もっと優しく声かけしてあげて下さいねって指摘したばかりに、何かあったんじゃないかと思って……」  寂しそうに告げた言葉が、後悔の念を表しているんだろう。声色から、それが伝わってきた。 「分りました。帰りに様子を見てきますんで、何か分ったら連絡しますね」  手短に告げてラインを切る。そして涼一のスマホに、迷わずコールした。 「もしもし」  明るい声で出てくれたお陰で、少しは気分が持ち直せることに成功。一息ついてから、重たい口を開いた。 「俺だけど……あのさ夕方、外に出られるか?」 「暇してるから大丈夫だよ。どうしたの?」 「暇って、次回作のプロット、ちゃんと作っておけよ」  涼一のボケっぷりに、編集者らしいツッコミをしてやった。暗い気持ちを抱えていても、コイツの傍にいたら、本当に救われる。 「会社出るときにメールするから、待ち合わせしないか? 周防の病院前で……」  俺の言葉に、えっ? という返事をし、電話の向こう側が緊迫したのを感じた。 「……周防さんに、何かあったの?」  恐るおそる訊ねる声に、自分の気持ちを整理してみる。これからどうすればいいのか、親友として俺の出来ることは何かないのか。  そんなことを考えながら、やっと口を開いてみた。 「太郎が病院から、いなくなったらしい。どうしてなのかは、分らないんだけどさ。周防を落ち込ませる、要因になったのは確かだ。プライベートで三日も休むなんて、らしくないからな」 「分ったよ。ちゃんとプロット練って、夕方までに出かけられるよう、ちゃんと頑張るから」  落ち込んでる俺の声を掻き消しそうな、大きな声で言ってきた。 「だから郁也さんも、お仕事頑張ってね!」 「ああ、サンキューな」  涼一の優しさを心でかみ締めながら、ゆっくりとラインを切る。今すぐにでも駆けつけたい衝動を抑え、自分のデスクに戻った。

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