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ピロトーク:揺れる想い④

***  周防の病院前には、午後6時頃集合になった。  仕事の打ち合わせが、思ってたよりも長引いてしまい、走って周防の病院に向かうと、既に涼一が来ていて、俺に向かって手を振ってくれる。  これがデートなら、気分が盛り上がるのだが―― 「悪いっ、遅れたな」 「大丈夫、それに待ってる間、家の明かりが点いたのを見かけたよ。きっと中にいるね」  ふたり並んで、病院横にある玄関前に歩いて行った。そして呼び鈴を鳴らしたが、反応が返ってこない。 「中にいるんだよな?」  言いながらドアノブに手を伸ばし、思いきって引っ張ってみると、鍵がかけられていないらしく、簡単に開くではないか! 「周防らしくない、こんな無用心なことするヤツじゃないから」  目配せして涼一に中に入るよう促して、先に入らせてから、きっちり鍵をかけて、目の前にある階段を上がった。  リビングに続く扉の前で、分るように叫んでやる。 「勝手にお邪魔するぞ、周防いるか?」  扉を開け放ち中を確認したら、ソファに座った周防が、睨むように俺たちを見た。  ――その視線の怖いこと。 「何しに来たの? せっかくお休みを使って、昼間から呑んだくれて、ひとりで楽しんでたのに」  おいおい、昼間から呑んでたのか。ますますらしくないぞ。 「呑んだくれてって、お前それは呑み過ぎだろ。こんなに散らかして」  床に転がっている空き缶を、手早く拾い集め、その場にまとめてみた。 「あの周防さん、こんばんは、お邪魔してます」  俺の横でこじんまりとしながら、頭を下げて挨拶をする涼一。 「ふたり揃って何しに来たの。まさかの恋人自慢?」 「そんなワケないだろ。太郎はどうした?」  態度の悪い周防に苛立ちながら、疑問だったことを訊ねてみる。なのに華麗に無視して、手に持ってるビールを呷るように飲み干した。 「おいっ、周防!?」 「待って、郁也さん」  あまりの態度に、周防を正してやろうと手を伸ばしたら、涼一がぎゅっと手首を掴んで俺を止める。その真剣な瞳は、自分に任せてほしいと、言ってるように感じられた。  イライラしている俺よりも、落ち着いてる涼一のほうが、上手くやってくれそうだったので、頷いて了承する。  周防は相変わらず、傲慢な態度をとったままだった。驚いたのはそんな周防に、涼一がいきなり抱きついたからだ。 「まったく――君に抱きつかれたのは、これで二度目だね。今度は桃瀬の目の前でって、何を考えてるの?」  (;゚д゚)ェ. . . . . . .  ――初めてじゃ、ないのかよ!?  嘲笑いながら言う周防を、逃がさないとばかりに、ぎゅっと抱きしめる涼一。眉間にシワを寄せて、辛そうな顔をした。 「周防さん、すっごく辛いんだよね。それを隠すために、必死になって演技してる」 「……辛くなんてないさ。どうしてそう思うの?」 「僕、考えたんです。郁也さんが出て行って、ずっと帰ってこなかったらって。それは元の生活……ひとり暮らしに戻るってことなんだけど、ただ戻るだけじゃないんだって」  涼一の言葉に、俺も考えてみた。恋人や親友が、ある日突然いなくなる世界―― 「一緒にいることに慣れているから、ひとりでいることが孤独に感じられるんです。朝の挨拶から誰かを見送る、いってらっしゃいの挨拶も、ふたりでいるときの会話も、美味しい物を一緒に食べることとか、ささいなこと、すべてがなくなっちゃうってことなんですよね。それってとても辛いし、寂しく思うでしょ?」  辛いだけじゃない、胸に穴が開く気分だ。そんな気持ちを周防は今現在、味わってるっていうのか。 「周防お前は、どう思うんだ? 俺は涼一も周防もいなくなったら、絶対に寂しくなるって思うぞ」  俺が訊ねると周防は、首をぶんぶん横に振って、両目から涙をぽろぽろ流しはじめた。 「うっ……ひっ……辛さを認めたら、楽になれるの?」  肩を震わせながら泣きじゃくる周防を、涼一は胸元に抱き寄せて、優しくその背中を擦る。 「楽にはならないけど、寄り添うことくらいなら出来るから。こんなことしか出来なくて、ごめんなさい……」  周防に酷いことを言われたのにもかかわらず、そんなことがなかったように、優しく接する姿に、胸が熱くなった。 「……っ、うっく……ごめんね、俺っ……」  周防にも涼一にも、何か声をかけてやりたいのに、上手い言葉が見つからず、ただ見守ることしか出来なくて。  非力な自分が、悔しくて堪らなかった。 「涼一くんの言うとおり、あんなヤツでも、いなくなったら、寂しく思うものなんだね」  ひとしきり泣いて、ようやく落ち着いてから、周防がやっと口を開く。 「ずっと傍にいたなら、尚更じゃないのかな」  打ちひしがれる周防に、労わるような言葉を言う涼一。 「アイツが勝手に、くっついてただけなのに。ウザイって、思ってたのに……」  傍らに置いてあったティッシュを引き寄せ、涙を拭ってから顔を上げ、俺たちをじっと見た。泣きすぎてまぶたが腫れて、普段見る顔とは全然違う姿に、何とかして助けてやりたいと思った。 「……太郎が出て行ったのは、病気を治すためなんだ。ここでは治せない病を、アイツは抱えていたから」  ため息をつきながら、話してくれる事実に衝撃を隠せず、目を見開くしかない。 「それよりも酷いんだぜ。その病気を指摘して、他所で治療しろって言った俺に向かって、付き合ってくれたら治療してやるなんて交換条件、偉そうな顔して、堂々と出しやがってさ」 「ちょっ、それって、周防が断り続けたら、病気が治らないじゃないか」  何てことを、太郎はしていたんだ!? 健康そうに見えていたから、そんな重い病を抱えてたことも、正直ビックリさせられた。 「そうだよ。治療しなかったらアイツ、死んじゃうのにね」 「それって太郎くんは、命がけで周防さんに、迫ったってことになるんだ」 「……そう、呆れるだろ?」  太郎のヤツ、それだけ周防のことを想っていたんだな。  呆れ果てて肩を竦める周防に、涼一はふるふると首を横に振る。 「呆れるよりも、すごいなって思った」 「すごいって、どこがだ?」  涼一の言った言葉の意味が分からず、横に並んで座りながら訊ねてみると、うーんと困った顔して口を開く。 「だってね、医者である周防さんに、そんな条件を出すなんて、断れないの決まってるでしょ。絶対に付き合える確証があるから、そんな条件を出したんだろうなって」 「確かに。周防の責任感や優しさを考慮したら、そうなるよな。だけど――」  周防は俺のことが好きだから、太郎のことはきっと、断っていたはずなんだ。  言葉を続けられなかった俺の顔を見て、涼一は何かを考えてから、ゆっくりと言葉をつなげる。 「周防さんは医者としてじゃなく、ひとりの男として、太郎くんのことを、助けたんですよね?」 「結果的には、そうなるかな。正直なところを言うと、全然タイプじゃなかったし、面倒くさいヤツだって思ってたのに、いつの間にか好きになってたみたい」 「周防……」  俺が見たときは、周防はもう太郎のことを、好きになっていると思ったんだ。俺と一緒にいるときよりも、リラックスした姿をしていたから――  出会ったときの、高校時代の周防を思い出したから。 「喜ばなきゃいけないのにね。病気の治療して、治すわけなんだから。なのにどうして、こんなにっ――」  溢れてくる涙が再び、周防の頬を濡らした。

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