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ピロトーク:えぐられたキズアト
最近、僕の担当が代わった。副編集長になって、忙しい郁也さんから鳴海さんにバトンタッチ。
交代する関係で三人で打ち合わせしたり、何度か顔を合わせている内に、鳴海さんと打ち解けることが出来て一安心。
今日は、新作のプロットを見てもらうため、自宅に来てもらうことになっていた。
ふたりきりの打ち合わせは、はじめてなので、ちょっとだけ緊張している。
落ち着きなくリビングを、行ったり来たりしていると――
ピンポーン♪
時間通りに鳴海さんが来てくれたので、どうぞと家の中に誘った。
「こんにちはー。今日もキレイですね、小田桐センセ」
はい、これと、文明堂のなめらかプリンを手渡してくれた。
「いつも有り難うございます。今、お茶を淹れますね」
「いやいや、小田桐センセの手を煩わせたくないので、お茶まで持参しちゃいました」
言いながら、カバンからマイ水筒を見せる。
「知人が喫茶店をやってまして、スリランカの美味しい紅茶の葉を、分けてくれたんですよ。飲んでみませんか?」
「何か気を遣わせてしまってすみません。戴きますね」
テーブルにティカップを用意したら、そこに湯気の立つ紅茶を、コポコポと注いでくれる。
キレイな琥珀色に引き寄せられ、カップに顔を寄せて、紅茶の香りを堪能した。
「……何だか、不思議な香りですね。いろんなものが混ざってる感じ」
「さっすが! 実はミックスティなんですよ。レモンバームにローズの花びら、ブルーベリーが入ってるんです」
「なるほど。いろいろ混ざってるのに、イヤな感じがしないのは、すごいなぁ」
一口飲んでみると、どことなく芳香剤を飲んだような、変わった味。むー……香りは好きだけど、ちょっと苦手な味かも。
「鳴海さんは、飲まないんですか?」
「いえ。これは小田桐センセに飲んでもらおうと用意したものですので、お気遣いなく」
わざわざ用意して、持ってきてくれたものだし、ガマンして飲むしかないか。
流し込むように口をつけてから仕事の話をしようと、プロットを書いた紙をそっとテーブルに置く。
「今回の新作は、職場恋愛のものを書いてみようかなって、こんなのにしました」
「なるほどー。引越しした先が、何と上司の家の隣だったなんて、驚きの展開ですね」
「ええ。しかも上司には恋人がいるのに、主人公は無常にも好きになってしまうという、テッパンですが略奪愛みたいなのを書こうかなって」
頬にかかってくる髪の毛が邪魔になり耳にかけると、その様子をじっと見つめられた。
「……何か?」
小首を傾げて鳴海さんの視線を受けると、テーブルに頬杖ついて、更に見つめられる。
「初めて逢ったときよりも髪、随分と伸びましたねぇ」
「そうですね。放っておいたら、こんなになっちゃって」
「女の人に間違われたりするでしょ? 声かけられたりしませんか?」
「ひとりでは滅多に出かけないので、平気ですよ」
前は、よく変な人に声をかけられたけど。郁也さんと一緒にいれば、ナンパされることはないし、安心して出かけられた。
「桃瀬先輩は小田桐センセを、大事にしてますからね。まるで独り占めしてるみたいに」
「えっと……?」
「編集者が作家と一緒に暮らすなんて、どう考えたって可笑しいでしょ。付き合ってるんですよね?」
どうしよう――
三木編集長さんにはバレてるけど、鳴海さんにまでとなると、さすがにしんどいかも。これから担当として、お付き合いしていくんだし、本当のことを言ったほうが、楽とは思えるんだけど。
「残念ながら僕の生活態度が、ホントなっていなくて、郁也さんをアレコレ困らせてしまっていたんです。だから一緒に暮らしたほうが、お互いにメリットがあるっていうか」
「小田桐センセからだだ漏れしてるフェロモン、尋常じゃないですからね。桃瀬先輩が、手を出さないでいられないと思いますけど」
「ふぇっ、フェロモンですか!?」
次々と困らせることを言われ、頭がクラクラしてきた。心臓がさっきから、バクバクしっぱなしだよ。
「そうそう、男を惑わすフェロモン。知ってます? 髪をキレイに伸ばせる男って、女性ホルモンが普通の男より、出ているらしいですよ」
「そうなんですか……」
それって、ゲイ能人の葩御 稜くんまんまじゃないか。それなら納得だ、フェロモン全開って感じだもの。
だけど僕には、あんなの出ていないよ。
「女性ホルモンのお陰で、体毛も少ないでしょ。きめの細かい肌、してるじゃないですか」
確かに――
郁也さんと比べたら、ヒゲやすね毛は薄いかもしれない。
「……試してみたいですね、その身体がどうなってるのか」
「試す!?」
鳴海さんの発言に目を見開くと、一気に距離をつめられて、ぎゅっと抱きしめられてしまった。
「なっ、何をするんですかっ、離して下さい!」
「そろそろ、薬が効いてくる頃だと思うんだけどなぁ」
下卑た視線で僕を見下ろす姿に、昔のことが重なって、身体がフリーズする。
「く、すりって――」
「さっき飲んだ紅茶に、催淫剤を混ぜさせてもらってんだ。結構、効いてくれる代物。身体が熱くなってきてない?」
指摘される前から、心拍数が上がってたのは分かってたけど、質問に答えるのに必死になっていた。それに多少なりとも、緊張してるせいだって思っていたし。
「こーんなキレイな人を囲っておくなんて、桃瀬先輩が羨ましいなぁ。毎晩、可愛がられてるんでしょ?」
心が氷のように冷たくなっているのに、身体の奥からじわぁっと何かが火照ってくる。
無性に、喉がカラカラ渇いてきた。熱のせいだろうか――
見えないそれが、どんどん僕を支配していく恐怖に、ガクガクと震え始めた。
「や、やめて……くださ――っ…」
言葉にならない。どうしよう、郁也さん助けて――
「すげっ、いいニオイがする。甘い花の香り」
「やっ! 離してっ、イヤだ!!」
首筋に顔を寄せられ、息がかかっただけで、びくんと感じてしまった。
そんな自分がイヤで必死に抵抗したのに、その手を呆気なく鳴海さんのネクタイで、ぎゅっと拘束されてしまう。
これから行われることに恐怖し、肌が粟立った。
リビングの床の上に転がされると、シャツのボタンを丁寧にひとつひとつ外されてしまい、更なる恐怖がひしひしと、僕の中に襲ってくる。
あの日の出来事が、ゆっくりと侵食していくみたいに――
『ホント小田桐ちゃんって、女子みたいな顔してるよね』
『なぁ。男子校に通って、それは反則だぜ。襲ってくださいと言ってるようなものだから』
「やっ、やめてください。こんなことして、いいわけないじゃないですか!」
『ダメだよ。ちゃんと先輩のいうこと聞かなくちゃね。ついでにお前にも、気持ちいいコトしてやるから』
目の前にいる鳴海さんの背後に、あの日の出来事が映画を見るように、まざまざと流れていく――
また……またアレが繰り返されるっていうのか。好きでもない人に蹂躙されて、無理矢理身体を犯されて――
涙が幾重にも頬を伝った。目をつぶると、愛しい人の顔が浮かぶ。
『そんな風に求められたら止められないな。でも辛かったら言えよ、止めないけど優しくするからさ』
そんな僕を丸ごと受け止めて、優しくしてくれた郁也さん。
「ううっ……郁也さん…っ…」
「残念ながら桃瀬先輩は、助けに来ないよ。今頃会社で、お偉いさんの会議に出てるんじゃなかったかなぁ」
怜悧な瞳が嘲笑うかのように、僕を見下ろす。
「めくって発見、随分と愛されてるじゃないですか小田桐センセ。でもこの痕は結構、時間が経ってるみたいだね」
言いながら郁也さんにつけられた、鎖骨にあるキスマークを、そっと撫でてきた。
「うっ……」
感じたくないのに、肌の表面が異常なくらい、感度が増している。何もしていないのに、心臓が駆け足したみたく、バクバクと鳴っていて苦しいくらいだ。
「しばらく、ご無沙汰なのかな? 副編集長になってから、忙しくしているし」
ニヤリと口元を歪ませて、胸元に顔を埋める。
「いやだっ! ああぁあっ――」
肌を吸われる痛みさえ、快感に変換された。背筋を這うゾクゾクとした、いいようのない何か……
「感じまくってるね。小田桐センセのこの顔を桃瀬先輩が見たら、どんな風になるか」
「な、に――?」
違うっ……感じてるんじゃない、嫌悪感が走ってるだけなのに。
「俺、ああいう人種、すっげぇキライなの。見た目も中身も申し分なくて、若いのに順風満帆。何の苦労も知らないっていうのがさ」
――そんなことはない。
郁也さんが完璧な人間じゃないのを、よく知ってる。影で一生懸命に頑張っているから、成果が出ているんだ。
「そういう完璧なヤツに、気が狂うほどの衝撃を与えてやったら、どうなるんだろうなって、いつも思うのさ。壊れていく様を眺めるのが趣味でね」
「鳴海さん、アナタって人は――」
「俺はね、そこそこ出来た人間なの。どこにいっても、そつなく仕事をこなせるし、闇に上手く紛れることが出来るしね。今の職場を追われても、辛くも何ともない」
郁也さんを傷つけるために、僕に手をかけようとしてるのか、この人は。
「小田桐センセの壊れて行く様も、ついでに見せてもらうよ。そのキレイな顔が、どんな風になるのか、じっくりと楽しませてもらうから」
「ハァハァ…いや、だ。アンタみたいな人に、誰がっ――」
――悔しい。僕が襲われたら一番悲しむのは、郁也さんだ。
縛られている両手をぐいぐい動かしても、びくともしなくて。その間にも、首筋をなぞる様に舌が這っていく。
「くっ、あぁっ……」
鳴海さんから与えられる、妙な快感をやり過ごそうと、手の甲をぎゅっと抓って痛みを感じた。
正気を保っていなきゃ――この人の言いなりになりたくない!
あと僕に出来る、最後の抵抗手段――
両腕は後ろ手に縛られて、動かすことが出来ないから、腰から下をひねって、抵抗してみた。鳴海さんにとっては、小さな抵抗かもしれないけど、コトを進めるのに邪魔になるはずだ。
「おやおや、そんなに必死に動いても、縛られてるソレは、絶対に外れないよ。それとも――」
目を細めて下卑た笑い方をしながら、僕の下半身をいきなり鷲掴みする。
「くっ……ン…」
「ガマン出来なくて、アピールしちゃったとか?」
「違う…やめっ……」
身体をくの字にして、抵抗して見せたけど。痛いくらいに張り詰めた僕自身を、容赦なく握りしめられた。
「ジーパンの上からでも分るくらい、いい感じになってるじゃないですか」
マズイ――
これ以上、刺激を与えられたらイってしまう。
「そろそろ、小田桐センセのすべて拝ませてもらいますね」
言うなりジーパンに手をかけてきたので、足をばたつかせて、必死に抵抗した。
パン! パン!
次の瞬間、涙に濡れた両頬を平手打ちされ、叩かれた痛みが走る。
「黙って、大人しくされてろよ! 薬がキマってる状態なら、マジで天にも昇る気分だろうさ」
天にも昇る気分――好きでもない人にされて、そんな気分になれるワケがない。
――もう、イヤだ――
「うっ…郁也さんっ!!」
下着と一緒に、ジーパンが下ろされそうになったとき、身体に乗っていた鳴海さんが、いきなりどこかに消えた。
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