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山道にて-1-
村を出た三人は兵士と出くわす事を避けるため街道ではなく、山野の獣道を行く事にした。
深い草むらに覆われた野原を進み暫くすると潅木へと変わり、さらに進むと林になりやがて森になった。
無言のまま歩みを進め、日が中天に差し掛かったところでイグルが足を止めた。
「水音がします。丁度いいので昼食にしましょう」
音を頼りに進んで行くと川が現れ、川に魚影がある事を確認し、ログは懐から組み立て式の串を取り出した。
すると手が差し出された。
「アーク様?」
「貸してくれ。一緒に獲ろう」
組み立てた串を手渡すとアークは近くに落ちていた木の蔓を拾い上げ、後端部分の穴に通すと結び付けた。
岩場に立ち、流れの急な川面を覗き込み狙いを定めると右手を一気に振り下ろした。
結わえた蔓を引くと串には何も掛かってはおらず、それを見たアークは静かに笑った。
「串で獲るのは難しいな。コツを教えてくれないか?」
ログは側へ行くと串の握り方から指導していった。
実際に獲るところも見せると、アークは再び魚獲りに挑戦し、三度目にして獲る事に成功した。
「やったぞ!」
目を輝かせ嬉しそうに報告する姿に二人は胸を撫で下ろす。
魔王城を出てからというもの死を望み、生きる事を放棄していたアークに生きる気力が戻ったのだと安心した。
火をおこし魚が焼けるのを待っている間にアークは木の実を採ってきたりもした。
レイナとの出会いで精神が向上したのだと、イグルとログは少女に心から感謝した。
魚が焼け、昼食をとり始めるとアークは口を開いた。
「子供の頃から父には色々な事を叩き込まれた。勉学は勿論、山や森で遭難しても生き延びられるようにと生存術も教えられた。勉学は正直大嫌いだったが、身体を使うものは楽しくて大好きだった。罠を仕掛け動物を獲ったり、木の枝と石で銛を作って魚を獲ったりな。……随分久しぶりだったし、得物が串だったから今日はあまり上手く獲れなかったがな」
悪戯ぽく笑うアークに対し二人は口を揃えて十分な腕前だったと述べた。
「俺は聖剣を失い勇者ではなくなったが、手も足もある。まだ一人の人間として出来る事がある。そうだな?」
「はい」
ログは力強く頷き、イグルは静かに語った。
「例え手足を失ったとしても貴方が貴方である事には変わりはありません」
「手足を失いし時は我らが失った四肢の変わりに働きます」
ログの言葉にアークは顔を引き攣らせながら微笑む。
「嬉しい事を言ってくれるな」
拳に額を当て俯くと肩を震わせ静かに泣いた。
日があるうちは食事を摂る以外は全て歩みを進めるという強行の為、三人三様に疲労し、日が落ち晩御飯をとり終えるとイグルとログは直ぐさま眠りに落ちた。
魔術を使っておこした炎のため火の番は不要だと分かってはいたが、不眠気味のアークは炎を見ていた。
一瞬一瞬に姿を変える炎は飽きる事がなく、ゆらゆらと揺らめく姿を見ていると不思議と心が落ち着いた。
余計な事を考えないように炎へ意識を集中し、見つめた。
ゆらゆら……。
ゆらゆらと……。
炎を見ているうちに意識が遠退き、瞼を閉じるがすぐさま開いた。
すると……。
そこには長身と圧倒的な存在感を放つ禍々しい男の姿があった。
――魔王!
――何故ここに!?
イグルとログに知らせようと口を開くが咄嗟に声が出なかった。
敵襲だと叫ぼうと何度となく試みるが言葉にはならず、呻き声が漏れるだけであった。
無造作に伸びた黒髪に彫りの深い端正な顔立ち。鋭く切れ長の赤目が妖しい光を持って見下ろしている。
立ち上がらなくてはと思うが、身体が動かない。
恐怖ではない。
半年間一度として退《しりぞ》ける事の叶わなかった相手に対し、心が身体が戦う事を諦めている。
そして逃げる事すらも諦めている。
自分に出来る事は受け入れる事だけだと刷り込まれた心は隷属している。
ゆっくり距離を詰めて来る魔王をただ見ていた。
膝を付き、高さを合わせると薄い笑みを湛えた顔が近付いて来た。
顔を背ける事もせずにただ魔王の顔を見ていた。
唇が重ねられると同時に目を閉じ、口腔を犯されるのを受け入れるだけだった。
身体が落ちる感覚に襲われ、目を開くと視界に入ったものは炎と友二人の寝姿だけであった。
早鐘を打つ心臓を押さえ、辺りを見渡すが何処にも魔王の姿なく、夢を見ていたのだと知る。
鼓動が落ち着くのを待ち、立ち上がると、深い眠りにあったはずの二人が目を覚ました。
「どうしました?」
「用を足してくる」
そう断り、フラフラと歩き出した。
水音を頼りに歩き、川まで来るとそのまま中へ入り崩れ落ちるようにその場に座ると、水深は浅く座った状態で腰に届くかどうかの高さだった。
「用を足すと言っただろう。何故付いて来た?」
暗闇に向かい問うと、背後に広がる森から白い影が現れた。
「用を足すだけなら川へ入る必要はないでしょう?」
「心配しなくともバカな真似などしない。しても全てお前に向かうだけなんだからな」
背を向けたまま追い払う。
「先に戻っていろ」
「戻るなら一緒にです」
「頭を冷やしてから戻る」
「なら、冷えるまで待ちます」
この場から離れようとしないイグルに対し苛立ちを覚え、半身を翻し怒りに任せ手短にあった石を投げつけた。
ガツッ!
避ける事をせずに石をその身で受け止めたイグルの痛いから血が流れるのを見てアークは一気に身体が冷えた。
「何をやっているんだ。避けろよ!」
「ただのかすり傷です。気にしなくていい」
癇癪によって大事な友を自らの手で傷つけた事に憤り、川底に拳を叩きつけようとし、思い止まる。
そんな事をすれば更に傷つけるだけだと分かっていたから。
やり場のない感情を治めようと頭を川へ漬け込んだ。
冷えた川の水で頭を冷やしながら、自分に言い聞かせる。
――落ち着け。大丈夫だ。
――俺は大丈夫だ。問題ない。
――また、立てる。立ち上がれる。
俺は…俺は……俺は……俺は……。
必死に自分を立て直そうと試みるが上手くいかず否定的な言葉が後から後から溢れてきた。
震える身体を抱きしめているとイグルが傍らに寄り添った。
細く繊細な手に背中を擦られ、心が震えた。川に漬けていた頭を持ち上げると縋るようにイグルの腕を掴んだ。
「イグル。……やはり俺は駄目なのかもしれない」
暗く翳《かげ》った瞳を向け、零した。
「平気なんだ。何も…思わない……」
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