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首都リーム-2-
コーネロ国首都リームには飛空艇乗り場がある。
旅客用、貨物用とあり国籍、身分など問わず対価を払えば利用できるため様々な国の人間が行き交っていた。その為、リームへの入り口には通行人を検閲する兵士が常時数名立っている。
だが、出入りの多さから検見は杜撰で、不審あるいは危険に見えない限りは素通りに近いかたちで通していた。
何時もなら暇で、検閲の兵士たちは退勤後の行動についてあれこれ考え時間を潰しているところだが、今日に限っては違った。
何故か戦闘騎兵団所属の小隊が朝から門に張り付き、六十人の兵士が通行人を一人ずつ確認している。
しかも十歳かそこらの少女を十字に組んだ板に括り付け、晒した状態でだ。
一体何事かと思いはしたが、聞いたところで所属の違う検閲兵士に事情が説明されない事は分かりきっていた為、無駄な事はせず、ただひたすら本来の業務に勤しんだ。
時は過ぎ夕刻。
夜勤の兵士と交代の時間になり、戦闘騎兵団との緊張と重苦しい勤務から解放されると伸びをしたその時だった。
突如暴風が巻き起こり、砂埃で目は覆われ、横殴りの強風によって身体のバランスを崩しまともに立っていられる状態ではなかった。
吹き飛ばされないように分張り堪えていると、風が徐々に収まって行った。
体制を立て直していると兵士あるいは民間人の悲鳴が次々と沸き起こり、何事かと涙で滲む目を必死に開いた。
すると……。
そこには、十五メートルはある土人形《ゴーレム》が五体聳《そび》え立っていた。
驚きと恐怖からその場に立ち竦んでいると一体のゴーレムは緩慢な動作で城壁へ近付き、拳を振り上げると、そのまま振り下ろした。
襲撃に備え城壁には防御の魔法が掛けられている為、物理攻撃であろうが魔法攻撃であろうが数時間は耐えられる。だがそれも時間の問題である。
戦闘とは無縁の検閲兵士は緊急対策手引書を必死に思い出そうとするが、混乱を起こしている頭は何をどうしていいか判断出来ず、ただその場に立ち尽くすだけだった。
そんな検閲兵士とは対照的に戦闘騎兵団は見事に連係の取れた動きを見せた。
まず、十人からなる一つの班が民間人を誘導し、別の二つの班がゴーレムに向かい魔術で強化されたロープを投げ付け、動きを封じる。
そこを近距離戦闘に特化した別の班が叩く。
手筈だったのだろう。
だが、そうなる前に別のゴーレムがロープを放った兵士たちを襲いだした。
控えていた別の班が二体目のゴーレムへ向かい、ロープで捕縛すると貼り付けにしていた少女の傍にいた兵士が叫んだ。
「無駄な抵抗は止め、投降しろ! さもなくばこの娘を殺す!!」
戦闘騎兵団の言葉と行動に検閲兵士は目を剥いた。
ゴーレムに人の言葉が通じる訳がない。
それよりも何よりも年端も行かぬ子供に剣を向ける事が信じられなかった。
何をやっているんだと困惑していると頭上から曇った男の声が降ってきた。
「縁もゆかりもない娘がどうなろうと知った事か」
答えが返ってきた事に驚きながら声の方へ目を向けると、後方で控えているゴーレム三体それぞれの肩に人影が見えた。
顔を布で覆い黒い外套に付いたフードを被っているため顔は分からず、ただの黒い塊にしか見えない。
人質が無意味である事を証明するかの様に、影を乗せたゴーレムはゆっくりと検閲兵士のいる方へ近付いてきた。
検閲兵士を含めその場にいた者は悲鳴を上げながら慌てて逃げる。
だが、緩慢とはいえ十五メートルはあるゴーレムの一歩は大きく、直ぐに追いつかれてしまう。
半狂乱となった検閲兵士は恐怖から足を縺れさせ転び、うつ伏せ状態で地面へと倒れると大きな影が振ってきた。
身体を反転させて見れば、ゴーレムが目前まで迫っていた。
ガクガクと身体を震わせているとゴーレムは身を屈め手を伸ばしてきた。
兵士を捕まえようとして手元が狂ったのか、元々狙いがそちらだったのか、ゴーレムは十字の板に貼り付けられていた少女を手に収めていた。
先程はどうでも良いような事を言っていたが、少女を助けに来たのだと思い、少女を不憫に感じていた検閲兵士は恐怖を一瞬忘れ、胸を撫で下ろした。
ゴーレムが身を起こそうとした時だった。
戦闘騎兵団のロープが巨大な土の腕に巻きつけられた。
拘束から逃れようと少女を収めていないもう片方の腕でロープを掴むが、次の瞬間もう一方の腕もロープで拘束されてしまう。
力で持って両腕のロープを引き千切ろうと全身を震わせ、腕を持ち上げようと試みている。
逃すまいと奮起する兵士とゴーレムの力のやり取りはそう長くは続かなかった。
ズルズルと引き摺られ出す兵士たち。
バキバキ……。
木の砕けるような音が響く。
兵士たちが完全に中に浮いたその時だった。
グチャ!!
何かがひき潰される耳障りな音が届いた。
見ればゴーレムの手から赤黒い液体がボタボタと流れ落ちている。
ゴーレムの手の中で何が起こったのか、考えたくなかった。
だが、目の前の光景が全てを物語っていた。
助けようとした少女を誤って握り潰してしまったのだ。
酷《むご》い現実に検閲兵士はその場に吐き崩れた。
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