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首都リーム-4-
時は戻り、日の中。
首都リームへ続く街道より少し離れた木陰にて顔を布で覆いフードを被ったいかにも怪しげな風体の三人が身を寄せ合って話していた。
「まず、二人は旅人を装ってそれぞれ門へ向かってください。私が爆風を起こし風と砂埃とで視界を奪います。その間にアークがレイナを回収。ログは替え玉の人形を板に括り付けます。爆風を起こした本来の理由を悟らせないためと、全兵士の意識を集めるためにゴーレムを暴れさせますからその混乱に乗じてアークとログはレイナを連れてリームに入り、一番早く出発する飛空艇に乗ってヴェグル国を目指して下さい。私は敵は門外にいると思わせる為に騒いでおきますから」
「お前はどうするんだ?」
「頃合を見計らって適当に切り上げ、好色ジジイの愛人のふりをしてリームに入り、後から追いかけますよ」
アークの問いに事もなく答えると、ログは眉根を寄せた。
「別行動を取るのか?」
「私が今回同行したのはアークが大病あるいは大怪我をしていた際の治療者としてです。ですが、アークは怪我をしていないのですから私がいなくとも問題ないでしょう」
「そういう問題じゃない」
「そう言う事ではない」
強い口調で二人同時に言われるが、イグルが動じる事はなかった。
別行動を取る事に対し、アークが難色を示している理由はイグルの身を案じてである。
勿論ログも身を案じてはいる。だが、一番の理由はアークを思っての事だと容易に想像がついた。
精神が不安定なアークをどう支えて良いのか分からない為、イグルにはアークの傍を離れて欲しくないのだ。
ログの不安に気付いてはいたが、イグルはあえてログの不安を無視をした。
「私はお二人のように箱入り息子ではないのですよ。今日までこの身一つで生きてきたのです。心配は要りません」
「だが……」
「しかし……」
白銀の魔術師はそっと息を吐いた。
「いいですか。ここで無駄な押し問答をしている間、レイナは辛い思いをしているのですよ。良いのですか?」
ログの事はあえて視野に入れず、アークにのみ問う。
どんな決定だろうがそれがアークの下したものなら黒騎士は否が応でも従う事を知っていたから。
イグルを一人残す事には抵抗を覚えるが、一刻も早くレイナを助け出したいと思うアークは渋々イグルの案に同意した。
街に戻り、必要な物を買うと人気のない雑木林で作戦の準備に取り掛かった。
ログはイグルに指示され、生肉所で買った豚の腸を水で濯ぐと片側を縛った。次に貰った動物の血を逃し込むとイグルが作っておいたレイナそっくりの人形の胴体部分へと設置した。
「ここまでする必要があるのか?」
アークが問うとイグルは土人形《ゴーレム》を出現させるための術式を紙に書きながら答えた。
「兵士たちにはレイナは死んだと思わせるためです」
「え?」
「レイナを助けたと知れれば再び村へ兵士が向かうかもしれません。今回は連れ去られた事に我々が気付けたから良かったですが、次はありません」
確かにヴェグル国へ戻れば遠くはなれた村の変事に気付く事は出来ない。
「ですから、作戦中にゴーレムでわざとレイナの人形を握り潰します。そうすればレイナが狙われる事はなくなるでしょう」
「そうだな」
「それより。今回は戦闘になる事を考慮して貴方に掛けていた術式を解きましたが、自身の術式が正常に発動できるかの確認は済んでいるんですか?」
「いや…まだだが……」
「確認しておいて下さいね。半年もの間、魔王城で過ごした事により身体に変化があったかもしれないのですから」
「そう……だな」
イグルの言わんとしている事は分かる。
魔術を操る者の身体には魔力を生み出す核と、魔力を全身へ届ける為の管がある。
核が魔力を生み出せない時、管が詰まった時あるいは壊れた時、魔力を使い過ぎ枯渇した時に他の魔力を持つ者にそれらの問題を解決してもらう事がある。
一番多いのは高位の魔術者または魔法使いの称号を持つ者に間接的に治してもらう事だが、そういった者が側におらず切羽詰った状況の場合、魔術を扱える者に直接治してもらう事もある。
直接とは、言葉通り直接身体を繋げ魔力を流し込む手法。
僅かに魔力を分け与えるだけなら唇を合わせるだけでも出来る。
核や管の修復を行うなら、生殖口を密着させ流し込む。
魔王に幾度となく貫かれた身体は外側に変化はないが内側はどうだか分からない。
――もしも核か管が壊れていたら……。
そう考えると冷たいものが背中を流れる。
「向こうで試してくる」
小さく零すアークに対しイグルは術式を組む手を止めぬまま「どうぞ」と答えた。
陰鬱な面持ちで離れていくアークの後姿を見て、ログは腰を浮かせた。
「大丈夫ですよ。レイナ奪還という大事の前におかしなまねはしません」
「お前はアークさまが心配ではないのか?」
尖った声だった。
それだけアークを心配しているのだろう。
「心配していますよ」
「ならなんで……」
「いざ戦いの場で術式が使えないと分かれば動揺は大きいでしょう。今のうちに確認しておいた方が同様も少ないですし、治す事も出来ます」
「確かにそうだが……」
術式を書き終え、ログへ目をやると酷く不満げな顔をしていた。
酷くと言っても、感情の起伏が乏しい自分と違う意味で無表情の男である。
表情自体の変化は殆どない。
眉の位置と目の開き具合。滲み出ている雰囲気でそう感じるだけの話だ。
ログの不満の一つを解消すべく口を開く。
「私が別行動を取る事に不安を感じているようですが、大丈夫ですよ」
眉根を僅かに寄せただけだが、その表情は「何がどう大丈夫なのか」と問うていた。
「レイナが……守るべき対象が居ればアークは自分を強く持てます。だから大丈夫なのですよ。もし、精神がふら付いて泣き出したら優しく抱きしめてあげて下さい」
「そんなまね出来る訳ないだろう」
低く唸る騎士に対しイグルは両手を開き差し出した。
「なんなら私で練習しておきますか?」
ただの冗談。軽口。悪ふざけである。
が、全くの無表情。その上抑揚のない静かな声で言われると笑えない。
生真面目な騎士は顔を引き攣らせながら右の掌を向け、拒否の姿勢を取ると「遠慮する」と律儀にお断りしたのだった。
部下二人から離れた場所でアークは深い呼吸を何度か繰り返し、心を落ち着けていた。
唱えずとも発動できる初級の魔術の呪文を祈るような気持ちで唱える。
短い呪文を唱え終わると足元で小さな竜巻が起き、草をざわつかせ枯葉や砂を巻き込みながら散らすと直ぐに消えた。
初級とは言え魔術が問題なく発動出来た事に胸を撫で下ろす。
次いで、剣術士の多くが使う甲殻鎧《こうかくがい》の術式を発動させると白く硬質な鎧が全身を包んだ。
甲殻鎧の術式を使い、剣を作り出すとその剣へ追加魔術をかける。
雷撃の術式。
電気を帯びた剣を構え、近くの大木を一突きした。
大木は剣を中心に吹き飛ぶ様にして木っ端微塵に砕けた。
何でもない事。
魔王の城へ行くまでは当たり前に出来ていた事だ。
その当たり前の事が出来た事が嬉しかった。
自分が自分であるような……。
騎士として、剣術士としての自分があるのだと思え、涙が溢れてきた。
甲殻鎧に覆われた身体を抱きしめるようにし、その場に崩れるように座り込んだ。
目を腫らし戻れば二人を心配させる事になると分かっていたが、涙を止める事は出来ず、身体を震わせ静かに泣き続けた。
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