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首都リーム-5-

 イグルの立てた作戦の前半は成功し後半を実行する為、首都リーム入り口から少し離れた宿屋の一室にアークは少女を運び入れ、箱の蓋を外すと少女は恐る恐る目を開いた。 「遅くなってすまない」  目元以外を布で覆っている状態であったが声で目の前の人間が誰なのか分かったのだろう。 「お…うじ……さま」  少女は箱に入った状態のまま腕を伸ばしアークへ抱き付こうとするが、表情を曇らせると直ぐに腕を引っ込めた。  長い時間貼り付けられ飲食は勿論、トイレに行く事も出来ずにいた。  粗相をした事を思い出し恥ずかしさから身を引いたのだ。  それを感じ取ったアークは少女に覆い被さる様に抱きしめた。 「辛かったな。良く頑張った!」  力強く抱きしめられ、ずっと我慢していた感情がとりとめなく溢れ泣き出した。 「怖かった」と繰り返し零しながら声を上げて泣いた。  少女が落ち着くまで背中を優しく叩いていると、心に溜め込んでいた感情を吐き出したのか次第に泣き声は弱まった。  まだ完全にしゃくりは止まってはいなかったが少女を放し、顔に巻きつけていた布を取った。 「レイナ。落ち着いて聞いてくれ」  真剣な表情と声に少女は居住まいを正した。 「これから一緒に俺の祖国まで同行して欲しい」 「へ?」 「すぐにでも家に帰してあげたいが、今村へ行くと兵士に見つかる可能性があるんだ」  兵士に見つかる。  それが何を意味しているかを理解し、恐怖から少女の顔が引き攣った。 「君の事は必ずご家族の元へ帰す。天地神明に誓って絶対だ。ただ暫くは俺と行動を共にしてくれないか?」  手を熱く握られ、美貌の青年に悩ましげな表情で懇願されて否と言える女性は少ないだろう。  現に少女の頭の中から怖い兵士の事も家族の事も一瞬で消え去り、目の前の青年のお願いに対し反射的に頷いたていた。 「よろこんで」 「有難う」  先程の悩ましげな表情とは打って変わり、太陽の様な笑顔に少女は全身の力が一気に抜け身体を傾けるが、アークの逞しい腕がそれを支えた。 「他にも話す事はあるが、時間も余りない。とりあえずお風呂に入ろうか」  言うなり少女をお姫様抱っこで持ち上げた。  ――お風呂!?  ――何でお風呂?  ――やっぱり私臭いのかな?  ――汚いよね。  ――でも王子さま私の事抱っこしてる!  ――抱っこ! 抱っこされてる!  少女が混乱を起こしている事など露知らず。脱衣所へ運び降ろすと、風呂と石鹸類の使い方教えた。 「出来るだけ早く出てきてくれると嬉しい」  少女は何度となく頷き、アークが脱衣所から出て行くと同時に行動を開始した。  服を脱ぎ捨て、あっという間に湯浴みを済ませると用意されていた服を手に取った。  これまで見た事のない煌びやかな服を前にどうしていいか分からず、脱衣所から顔を覗かせた。 「王子さま。このお洋服、本当に着ていいの?」 「レイナの為に用意したものだから着て貰わないと困るな」  そう言われ、少女は意を決し服に袖を通した。  着慣れないものを着た気恥ずかしさから部屋へ戻るものの隅でもじもじとしていると優しい声が向けられた。 「うん。思った通りレイナは優しい顔立ちだから柔らかくて明るい色が良く似合うな」  高貴な香りの漂う息を呑むほどの美青年にそのような事を言われ少女は顔から火が出る思いだった。 「レイナ」  ベッドの縁に座っているアークに手招きされ、おずおずと近くへ行くと脚の間に座るように指示され、心臓をバクバクいわせながら座ると大きな布で頭を拭かれた。  頭部はわしわしと擦る様に、髪の毛自体は絞るようにし、大体の水分を取ると今度は髪に何かを塗りだした。 「お……王子さま。何塗っているの?」 「ああ。ごめん。先に説明するべきだったな。今塗っているのは髪を金色に変える薬だ」 「え?」 「心配しなくても何度か洗えば元に戻るよ」 「私、金髪になるの!?」  驚きの声に確認を取る前に薬を塗った事を申し訳なく思い、謝ろうと手を止め少女を覗き込むと、何故か目を輝かせていた。 「レイナ?」 「私ね。すっごく金髪に憧れていたから嬉しい!!」 「そう……か。それは良かった」  少女を傷付ける事にならなくて何よりと胸を撫で下ろすと再び作業に戻った。  満遍なく薬を塗りつけると、少女にそのまま動かないように指示し、アークは風呂場へ向かった。  程なくして戻ったアークの姿を見て少女は絶句した。  先程までの質素な旅装束とは違い、光沢のある藍色の上着は襟と前の合わせ部分に金の縁取りがされ、 すらりと長い脚を包み込むような白いズボンとこげ茶色のロングブーツはどれも誂《あつら》えたかのように身体にピッタリとしている。  黄金の髪は眩く光り、凛々しい顔に嵌め込まれた蒼氷色《アイスブルー》の瞳は優しさに溢れていた。  姿、佇まい、雰囲気の全てが物語りに出てくる王子そのものである。  石のように固まっている少女に微笑を向けると「髪を仕上げよう」と言い、魔術で弱い風を起こし髪を乾かすと両側の髪を少しずつとり後頭部辺りで結い用意してあった髪留めを付けた。 「レイナ。今から俺たちは兄妹だ」 「兄妹?」 「うん。そういうお芝居をして欲しい。お願いできるかな?」  少女が頷くと「それじゃあ、俺の事はお兄様と呼んでくれ」と言われた。  実の兄にたいしてもそのような呼び方をした事はない。  言い馴れない言葉。しかも目の前の光り輝く人物に対し恐れ多い気がして口が開けないでいると、優しい微笑で持って無言の催促をされた。 『お兄様と呼んでくれ』  微笑からそう汲み取った少女は覚悟を決め、口を開いた。 「お…お……。お…に…おに……」 「ん?」 「おに…おにぃ…おに……」  緊張し上手く呼ぶ事が出来ず「おに」を繰り返していると、部屋の扉が勢いよく開かれた。  驚きから小さな悲鳴を上げ、扉へ目を向けるとそこには黒い王子が立っていた。 「ログ。ノックもなしに扉を開くとは何事だ。ここにはレディーが居るんだぞ」 「はっ。失礼いたしました」  深々と自分に対して頭を下げる黒い王子に恐縮し「平気。私、気にしないから」と必死に訴えた。  許しを得たログは直ぐにアークへと近付く。 「飛空艇の席が確保出来ました」  懐から取り出された三枚の券から二枚を引き抜くとアークは少女を見遣った。 「それでは行こうか、我が麗しの妹よ」  聞きたい事は沢山あるが、差し出された手を取り「はい」と元気良く返事をした。

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