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首都リーム-6-

 それまで着ていた物は破棄する為一つにまとめ、その他の荷物は鞄に仕舞うかたちでログが持ち出発の準備が整い部屋を出ようと扉に近付いたところで少女はどうしても無視できない事を尋ねた。 「銀色の王子さまはどうしたの? 待ってなくていいの?」 「ああ。あいつは用があって別行動なんだ」  門の外で土人形《ゴーレム》を操って暴れているとは言う訳にもいかず、適当に誤魔化すが、イグルの身を案じているのか、納得のいかない様子の少女を安心させるべく優しく微笑む。 「国で待っていれば直ぐに会える。まずは俺たちが国へ辿り着かないとな」  老若男女全ての人に絶大なる効果を発揮する笑顔を持って強引に納得させると、少女を伴って歩き出した。  安い宿屋の古びた廊下ギシギシと鳴らしながら少し行くと黄金の王子は繋いだ手を握り直し、軽く持ち上げた。 「段差がある。気を付けて」 「ひゃい」  今まで一度もされた事のない扱いに緊張から声を裏返らせながらもなんとか返事をし、アークのエスコートを受けながらゆっくりと階段を下りて行く。  黒い王子さまは背後を守るように立っていてくれているし、黄金の王子さまには手を引いて貰っている。 私、本物のお姫様みたい!!  心をときめかせ興奮しながら宿屋の受付まで行くと、その場に居る全ての人間の視線が一斉に向けられ、少女は怯んだ。  金色の髪も煌びやかな服も自分には似合ってはおらず、奇異の目で見られているのではないかと恥ずかしさを覚えるが、その心配は杞憂だと直ぐに気が付いた。  視線は少女ではなく側に佇むこの場に似つかわしくない二人の王子に注がれているからだ。  自分が見られていると勘違いした事に対し恥ずかしさを覚え俯いた。  黒い王子が部屋の鍵を受付に返すのを待ち、宿屋を出ると辺りは薄暗くなり始めていた。店や路上に設置されている街灯に明かりが灯っている為、明と暗が入り混じり不思議な雰囲気を作りだしている。  薄暗いとはいえ二人の存在感が薄れる訳もなく、再び注目を集める事となる。  宿屋では従業員と待合室にいた数人の客だけだったが、首都リームの外れとはいえ人の数は十や二十ではない。  一歩進む事に増える視線。  髪の色と年齢差から兄妹だろうと推測し微笑ましそうに見る者も居れば、自分の傍らに居る恋人の存在を忘れ猟犬の如く目を光らせ王子たちを見る者も居る。  中には穏やかではない気配を漂わせた男たちが黒い王子へと好意とは真逆の熱い視線を向けてもいる。  何故かは分からないが三人の王子たちは兵士に追われていた。  方法は分からないが、兵士に捕まっていた自分を助けてくれた。  つまり兵士に見つかってはいけないはずである。  こんなにも目立って大丈夫なのかと心配になり、アークの袖を引っ張った。 「ん?」  優しく見遣る王子に対し話し辛そうにしていると内緒話を希望していると汲んだアークは少女の身体を持ち上げ左腕に座らせた。 「どうした?」  耳を向けられ、顔を近付けるには覚悟がいるが大きな声で話す訳にもいかない為、勇気を振り絞り耳へ顔を寄せた。 「こんなに目立って大丈夫?」  追われている身なのにという言葉は付けなかったが、何を懸念しているかは伝わったらしく悪戯っぽい微笑を見せた。 「こそこそしていると悪目立ちするから、追われている時は図々しい位に堂々としていた方がいいんだ」  言いたい事は分かる。  だが、必要以上に目立つのも問題があるのではないかとも思う。  思いはするが、王子さまが大丈夫と言うのであればそれを信じるしかない少女だった。  人々の目を釘付けにしながら大通りまで出ると、二頭引きの馬車を捕まえた。  荷馬車にしか乗った事のない少女は重厚な作りの辻馬車に恐縮しながらも乗り込む。  馬車が走り出してから俯いたまま一言もしゃべらない少女を心配し覗き込んだ。 「大丈夫かレイナ。もしかして乗り物が苦手だったか?」 「ううん。乗り物は平気。ただ……」 「ただ?」 「こんな凄い馬車に乗ったの初めてだから緊張しちゃって……」 「そうか。まぁ、直ぐに慣れるよ」 「そう…かな?」 「ああ。この後飛空艇にも乗るからな」  飛空艇――。  空を飛んでいる姿は見た事があるが、自分が乗る事など一度として考えた事のないものに乗る。  嬉しいやら恐ろしいやらで落ち着かない。そんな少女の心情を察してアークは女性が好む話しを始めた。  可愛い小物や美味しいケーキやお菓子が売っている店の雰囲気や商品の内容を自分が覚えている限りを話し、その全ての店に連れて行くと約束すると少女は見た事のない装飾品やぬいぐるみへ思いを馳せ目を輝かせた。  そうこうしている内に馬車は目的地に到着した。  黒い王子は扉を開けるとそのまま降り、次いで黄金の王子が降りると少女へ手を差し出した。  王子のエスコートを受けながら馬車から降りると、そこは人の海であった。  髪や肌の色。身に着けている服の形態。貴族から平民まで多種多様の人間が入り混じっている。  飛空艇乗り場前でこの人の多さだ。建物の中は一体どれ程の人間がいるのか考えただけでも息が詰りそうになる。  怖気付きアークの背後へ隠れるようにしていると肩を抱かれた。 「大丈夫。俺が付いている」  少女はアークの上着の裾を親指と人差し指で挟むように握ると頷いて見せた。  少女の歩幅に合わせゆっくりと進む。  アークとログの存在に気付いた者はその容姿に目を奪われ圧倒的な存在感に気圧され無意識に後ずさった。  何をするわけでもなくただ歩いているだけで人々が道を譲るという奇妙な現象を目の当たりにし少女は傍らに立つ二人が本物の王子であると改めて確信した。  二人の王子はともかく見られる事に慣れていない少女は食い入るような視線に居心地の悪さを覚えながら歩いていくと石造りの巨大な建物の前に来た。  入り口には左右に一人ずつ警備兵が立っている。  自分を捕らえた兵士とは着ている制服が違うが兵士というだけで緊張が走り、裾を掴んでいる手に力が入る。  そんな少女に大丈夫だという様に肩を抱いてる手がポンポンと優しく叩いた。 「お勤めご苦労様です」  アークが微笑むと二人の警備兵は僅かに相好を崩し「どうも」と返し、三人を中に通した。  雑然としていた表とは違い、建物内は人がきれいに列を成していた。  アークは手持ちの券に書かれた番号と天井から下げられている案内板を確認すると二十四番まである受付の三番と書かれた受付の列へと並んだ。  ここでもやはり多種多様の視線を集める事となるが少女は自分が見られているわけではないと言い聞かせ無視するように勤めた。  嫉妬交じりの視線を受けながらも黄金の王子と他愛もない話をしながら待つが、一向に列が動く気配がない。  不満や怒りの声がちらほらと聞こえ始め、アークはログへ目を向けると無言のまま黒い王子は列を離れた。  暫くし戻ってきたログはそっとアークへ耳打ちした。 「亡命中の男が外の土人形《ゴーレム》騒ぎを自分を追って来た革命家たちの仕業だと勘違いし、取り急ぎこの国を出る為に旅客用の飛空艇まるまる一艇を貸し切りにしたとかで、混乱が起きているようです」 「それは困ったな」  自分たちの所為で余計な問題を起こしてしまい申し訳なく思うが、謝って回る訳にもいかず、一刻も早く出国する必要がある身としては何時用意されるか分からない代りの飛空艇を気長に待つ事も出来ない。  アークは少女をログへ預けると「ちょっと行って来る」と残し、颯爽とその場を後にした。  アークは入り口で挨拶を交わした警備兵に場所の確認を取ると、飛空艇乗り場二階に設けられている食堂へと向かった。  入り口から食堂内を見渡すと客に混じって従業員の制服を着た者がいた。  四人で仲良くお茶を飲みながら談笑している女性たちの元へ真っ直ぐ近付くと「失礼」と声を掛けた。  女性たちは高貴な香り漂う美貌を前に全員石の様に固まった。 「実は少々困っております。皆さんのお力をお借りしたいのですが、助けて頂けませんか?」 「はっ……はい。どのような事でしょうか?」 一番年上と見られる女性が喘ぐように答えた。 アークは空いていた席に座ると声を潜めた。 「乗る予定だった飛空艇を何処かの金持ちが貸し切りにしてしまったらしく、帰る手段をなくしてしまい困っています。旅客用でも貨物用でも構いません。交渉はこちらで致しますのでカルネ行きの飛空艇を紹介して頂けませんか?」  頼みの内容を聞き、四人の女性たちは困った様に顔を見合わせ小声で相談を始めた。  同じ様な事を考える者が他にも居たのだろう。  その者たちに良い飛空艇は抑えられてしまっているらしい事が途切れ途切れ耳に入る会話から窺える。  先程返事を返した女性が申し訳なさそうな顔で向き直った。 「本当に貨物用でも宜しいのですか?」 「はい」 「それなら一艇ご紹介出来ると思います」  一人が立ち上がると続いて他の女性たちが次々と立ち上がった。 「こちらへどうぞ」  促され、女性の後を付いて食堂を後にし従業員専用の通路を進み滑走路へと続く階段下りる。  大型の旅客用飛空艇が一艇が停泊している。  乗客ではなく荷物を必死に運び入れている事から買い占められた飛空艇だと推測できた。  軽い溜息を吐くと年配の女性はアークへと向き直った。 「こちらで少々お待ち下さい」  そう言うと同僚二人をアークの側に残し、二人の女性は旅客用飛空艇とは別方向へと歩いて行った。  暫く待っていると一人の男が左右の腕を女性二人に捕まれ、まるで連行でもされているかのようにして歩いてきた。 「お待たせしました」  右腕を掴んでいる若い女性が断る。  アークを目の前にした男は驚きから目を見開いた。 「こりゃまたずげぇ男前だな。お前が必死になる訳だよな」  からかう様に言う男の腕を右側の女性が抓る。 「余計な事言わないでよお兄ちゃん!」 「困っている人を助けるのは人として当たり前だと子供の頃から教えましたよ」  左側の年配の女性が眉根を寄せ嗜める。  察するに三人は家族なのだろう。  微笑ましい遣り取りに顔を綻ばせる。 「うーん。男前の微笑みはすげぇ効力だな。男の俺でもドキドキするぜ」  冗談めかして言う男に嫣然と微笑んで見せる。 「でしたら、乗船許可を頂けますか?」 「ボロくて汚い飛空艇《ふね》ですぜ」 「問題ありません」  以前貴族を乗せ面倒な事になった経験がある為、二度と貴族は乗せないと決めていたが、どうにも断れない状況だ。 『断ったら、二度と口利いてあげないからね』と、必死に目で訴える妹。 『断れば二度と好物が食卓に並ばない事を覚悟して下さいね』一応微笑みを浮かべてはいるが、目が笑っていない母親。  左右を固める女性二人の無言の圧力と、誠実な人柄が滲み出ているアークの柔らかな笑顔に折れるかたちで乗船を許可する事となった。

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