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空の上-2-

 朝になり買っておいた食糧を三人で食べるとレイナを伴って甲板へと上がった。 「危ないから俺の手を放さないようにな」 「うん」  満面の笑顔で返事を返すとアークの右手を両手でしっかりと握り甲板の端へと歩いて行く。 「わぁ。凄い!!」  初めて見る空からの景色に感嘆の声を上げる。 「ちっちゃい。大きい。何か飛んでる!」  はしゃぐ少女を見て相好を崩すアーク。 「ねぇ。お兄さま。大きな湖だ!」 「下に広がっているのは海だよ」 「うみ? 湖と違うの?」  少女の疑問に丁寧に答えていると、飛空艇を包み込む程の大きな影が射し、影の正体を確認すべく甲板上の三人がほぼ同時に顔を上げた。  雲だと思われた影は首都リームで乗るはずだった旅客用の飛空艇だった。  アーク等が乗る貨物用飛空艇より先にリームを出立していたが、夜のうちに追いついたのだ。 圧倒的な存在感を持って飛行する飛空艇から目を離す事が出来ず少女は見つめ続け、騎士二人は妙な胸騒ぎを覚え凝視した。  すると、突如船底に攻撃用の術式が現れた。  術の配列から火炎系、第六位のものと判断した二人は直ぐに防御の術式を展開させた。  火炎の刃が貨物用飛空艇に届く寸前に防御壁がそれを阻んだ。  直撃は免れたものの攻撃術式の衝撃で飛空艇は大きく揺れた。 「第二派が来るぞ!」  アーク予測通りに次なる術式が船底に現れる。  火炎系。第五位。  剣術士の二人には他者の術式に介入し、無効化するだけの魔術は扱えない為、再び防御壁を展開させた。  先程より威力を増した火炎攻撃により再び飛空艇が激しく揺さ振られた。 「きゃぁぁぁ!!」  悲鳴を上げながら少女は必死に腕にしがみ付いた。 「次!」  再度放たれた火炎系、第五位の術式を防ぐとログはアークの元に駆け寄った。 「どうやらあの飛空艇には中級レベルの術者しか乗っていないようですね」  第五位以上の術式が展開されない事からそう結論付ける。 「ありがたい事にな。第三位以上になると俺たちではそう何度も受け止められないからな」  絶えず放たれる攻撃を受け止めながら、会話を続ける。 「第五位とはいえ、討ち続けられるのも困るな」 「自分が向こうの飛空艇に乗り移って・・・鎮めてきましょうか?」  少女の手前術者を皆殺しにとは言えず、言葉を選んで伝えるが『鎮める』の意味する所を汲み取ったアークは慌ててそれを止めた。 「待て。早まるな。向こうは勘違いでこちらを襲っているだけだろう。誤解が解ければ攻撃を止めるだろうから、なんとか敵でない事を伝えられればいいんだが・・・」  旅客用飛空艇の主は亡命中の男だ。  追われているからか元来臆病な性質なのか、疑心暗鬼に捕らわれ革命家の飛空艇と勘違いして攻撃をしているのだ。  そんな人間に冷静な判断など望める訳がないのだが・・・。  出来る事なら死傷者を一人として出したくないアークは何か良い方法がないかと頭を悩ませている。  殺さずに鎮静化するのは骨が折れるが、出来ない事ではない。  飛空艇に乗り移る許しを得ようと口を開きかけるが、定期的に打ち込まれていた火炎攻撃が突如止み、何か仕掛けてくるのではないかと上空の飛空艇に目を遣った。  だが、新たな術式は現れない。 「まさか魔力切れか?」 「だと良いんですが・・・」  再び術式が展開された。  だが、今までとは違い飛空艇全体に防御系。第五位のものがだ。  一切の攻撃姿勢を見せていない相手に対して防御術式を展開するのはおかしい。  アークとログは肉眼で辺りを探ると、雲の裂け目から小さな影が見え隠れしているのを見つけた。  術式で視力を鷹と同等まで引き上げ確認すると、それは二人乗り小型機であった。  操縦席の後部座席に座る者の手の動きと詠唱の長さから高位の術式だと予想出来る。 「ログ!」  叫んだ時には黒い騎士は船内に続く扉へと飛び込んでいた。 「レイナ手を離して」  言うなりアークは繋いでいた手を解き、ズボンからベルトを抜き取ると少女のドレスのウエストに巻き付けられているリボンへ潜らせ、自身の右足へベルトを巻き付け固定した。 「俺の脚にしっかり摑まっていてくれ!」  少女は頷くと力一杯に脚にしがみ付いた。  ログが居ない分高位の防御系術式を展開させる為、両手で術式を組み上げ詠唱を呟いた。  ログは狭い廊下を駆け抜け立ち入り禁止とされている操縦室へ飛び込んだ。 「上の飛空艇から出来るだけ距離を取れ。急げ!」  度重なる衝撃で崩したバランスを立て直すので手一杯だと叫び返したいが、黒尽くめの男の只ならぬ様子に無駄口を叩く間を惜しみ、直ぐに指示に従った。  舵を切り、動力源である魔力石の出力を最大にし、少しでも距離を稼ごうとする。 『来る』  そう感じ取ったログはガース親子に対ショック姿勢を支持し自らもショックに備えた。  衝撃は直ぐにやって来た。  小型機の術者が放った術式は一点集中型ではなく、一度に複数箇所を射抜くものだった為、旅客用飛空艇に当たらなかった幾つかがガースの飛空艇に降り注いだのだ。  アークの展開させた防御の術式により直撃は免れたが、安心してはいられない。  操縦室の窓から物騒な火花を上げながら沈んでいく旅客用飛空艇の姿が見える。  船首にて小さな爆発が起こったのを視認し、急ぎ防御の術式を展開させる。  飛空艇の動力源である魔石は破壊されると魔力が暴発する。一つだけなら大した事はないが大型客船ともなれば何十個という石を積んでいる。  一つの魔石の爆発によりその他の石が誘爆したらどれ程の威力になるか知れない。  ログは急ぎ防御の術式を組み上げ詠唱を始める。  術式を紡ぐ間にも旅客用飛空艇の所々で小さな爆発が起きているのを見て、ログは幾つかの手順を省略し飛空艇全体を包み込む程の防御の術式を展開させたその時に辺り一面を覆い尽くす光に襲われた。  旅客用飛空艇の爆発余波を受け、大きく船体は傾き飛空艇から投げ出されそうになるのを甲殻鎧《こうかくがい》の術式で作った剣を甲板に突き刺し固定する事で回避した。  九十度に傾いた甲板にしがみ付いていると程なくして船体は戻るが、激しく揺れ続けている為少女を抱えているアークは迂闊に動く事が出来ずにいた。  飛空艇はどんどん高度を下げている。  爆発に巻き込まれた時に操縦系統が故障したのか、高度を上げる気配がない。  海へ不時着する事を想定して術式の選定していると少女の小さな悲鳴が上がった。 「なに・・・あれ・・・?」  少女とは真逆の方へ向いていたアークは身を捻る。  そして少女の悲鳴の理由を視認し、手に力が篭った。 『まずい』  爆発時に吹き飛ばされ航路を大きく外れただけではなく、旋回するようにして方向転換してしまったのだ。  飛空艇の進行方向には魔の口と呼ばれる危険空域がある。  魔物は生殖行為はしない。何処かで人知れず生まれ転移してくるのだ。  転移先は魔の口と呼ばれている。  海上の所々に存在している魔の口は常に開いている訳ではない。  不定期に魔物が吐き出される一時だけ開かれるのだ。  閉じている時は通常の空域と変わらないため、難無く通る事が出来るというのに・・・。  運が悪い事に口が開いている。  空に裂け目を作り、赤く毒々しい口をパックリと開き禍々しい物を吐き出している。  高位の魔術師であるイグルが居れば事態の対応も出来ただろう。  だが、剣術士であるアークには打てる手立てはなく、逸れてしまわない様に少女をきつく抱きしめるだけだった。  飛空艇は魔の口へ自ら飛び込み、そして飲み込まれた。

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