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其処は-3-*

 すまない。  俺と出会ってしまった為にこんな事になって・・・。  心から少女に謝罪し背に隠すように少女の前に立つと、少年魔王と対峙した。  相手は不老不死だ。倒す事は出来ない。  だが、傷を治すにも時間が要る。  浅い傷なら瞬時に修復してしまうが、深手を負わせる事が出来れば時間を稼げる。  魔王城を出る事が出来れば術式を発動させる事が出来る。  そうなれば逃げられるかもしれない・・・。  いや、逃げるんだ。  レイナを連れ帰る!  自分を鼓舞し、剣を構えた。 「フフフッ。カッコいいな騎士さま。恋しちゃいそう」  嘲笑いそう言い放つ少年魔王は剣を構える事はせず、手を腰にあて緊張感のない姿勢で立っていた。  こちらが仕掛けない限り掛かっては来ない気か?  ならば・・・と呼吸を整えた。  目を閉じ、集中力を高める。  血、肉、魔力、自身の全てを感じ、目を開いた次の瞬間。床を蹴った。  六メートルの距離を一気に詰め、冷たい閃光を少年魔王へ振り下ろす。  だが、少年魔王はそれを難無く魔剣で受け止めた。 「行き成りだな。もう少し前戯を楽しもうよ」  満面の笑顔で言いながら絶妙な力加減で剣を滑らせ、アークの姿勢を崩すとその隙を突くように切りかかった。  アークは身を翻し、攻撃を受け止める。  純粋な力勝負ではアークに分があるらしく、押し切れないと分かると少年魔王は剣を引き、すぐさま斬り込んで来た。  右、左と交互に襲い来る怒涛の衝撃を受け止める。 「きゃはっ」  自分の攻撃を全て受け止める元勇者に対して喚起の声をあげる。 「剣技はなかなかだね。ならこれはどうかな?」  唇が僅かに動いた。次の瞬間、術式が発動した。  重量の追加効果を掛けられた剣はそれまでの何倍もの重みを持って襲ってきた。  態勢を崩しながらも一手。また一手と受け止める。 「あはっ!」  愉楽に満ちた笑いを零す。 「じゃあ。これはどうかな?」  再び口元が動いた。  剣には雷系の追加効果が加わり、一手二手と受け止めるが態勢は大きく崩れた。  上下左右から襲い来る剣を既《すんで》の所で受け止めてはいたが、それも長くは続かなかった。  雷撃によって痺れた手足ではとうとう受けきれなくなり、剣諸共吹き飛ばされる。  壁に打ち付けられたアークは口から血と唾液そして呻き声を零した。  脳の芯まで響く痛みと吐き気に襲われながらその場に崩れた。 「え? もしかしてこれで終わり?」  少年魔王は不満げに口を尖らせた。  アークは手放してしまった剣を探し、床に手を這わせる。  金属の感触を感じ、柄を握ると軋む身体を無理矢理起こし、立ち上がった。  剣を構える姿を見て、少年魔王は満足げに微笑んだ。 「そうこなくっちゃ」  少年魔王は剣を構える事はせずに悠然と立っている。  訪問者が無く暇だったのか、元々闘争が好きな性質なのか直ぐにこの戦いを終わらせる気はないらしく自身から仕掛ける事はせずにニヤニヤと笑っている。 「どうしたの? 早くかかっておいでよ。幾らでもかかっておいでよ。もしも君が勝てたら僕が君の犬になってあげるからさ」  挑発のつもりか自身の中指を付け根から指先にかけ舐め上げて見せる。  安い挑発に乗るつもりは無いが膝を折るわけにはいかず、アークは痺れが残る身体に喝を入れ、再び床を蹴った。  距離を詰め斬りかかるが、俊敏さも機敏さも失われた動きに少年魔王は欠伸を落とさんばかりだった。  必死に斬り込んではいたが、大人が子供の打ち込みを薙ぎ払うように軽く流され、仕舞いには剣を軽く絡め取られ、床に落とされた。  態勢を立て直し攻撃に備えようとするが、間に合わず異常な圧力を伴った蹴りが頭部を直撃した。  筋肉強化の術式を施された脚は鋼鉄の如く硬く重い。  凄まじい衝撃は脳天を突き抜けた。  脳は揺れ、骨は軋む。  吹っ飛ばされた身体は床を転がり、壁に叩きつけられる事で止まった。  起き上がろうと試みるが、視界が揺れ、床が傾く。  惨めに床に沈む元勇者を掬い上げるように腹部を蹴り上げた。  アークは大きく中を一回転し、床に叩きつけられた。  術式で強化された蹴りに対し筋肉のみ防御は無意味である。  内臓破裂を起こしたアークは大量の血を吐き出し、そのまま動かなかった。  動けなかった。 「もう少し遊べるかと思ったけど。残念」  床に転がる元勇者の頭髪を鷲掴むと、自分の目線まで持ち上げた。  頭部を引き上げられ辛うじて膝立ちの状態を保っている元勇者の目に光りは無く、暗く淀んでいた。  先程まで全身に纏っていた闘志も消えている。  力の差は歴然としているがまだ戦える。  戦えないのなら生き汚く命乞いをすればいいものをそれすらする気が無いらしく、元勇者は虚ろな瞳をそっと閉じた。  戦う事も生きる事も放棄する姿に少年魔王は気持ちが冷めて行った。  所詮は壊れた玩具。  生への執着は薄く、足掻く事をしない。  人生に自身に全ての物に絶望し、無駄に呼吸を繰り返すだけの生きた屍をいたぶったところで何の面白みも無い。  元勇者への興味が失せた少年魔王は表情を消し詰らなさそうに呟いた。 「終わりだね」  手にしていた魔剣を長剣から短剣へと変形させると、首に突き刺す為腕を引いた。  その時だった。  脇腹に衝撃を感じ、意識を衝撃のあった場所へ向けた。  刹那。左の脇腹から右へと一気に腹を引き裂かれた。  鮮血と内臓をぶちまけながら確認すると、隠し持っていたらしい短剣で腹部を裂かれた事が分かり笑みが零れた。  傷口へ手を当てる為に掴んでいた頭部を離すと、元勇者は得物を床に転がっていた長剣に替え、少年魔王の胸へ勢い良く突き刺した。  肋骨の間に滑り込ませる様にした剣は肺と心臓を突き破り背中をも貫いていた。  夥しい鮮血を撒き散らし、床に崩れた少年魔王を見れば腹部と胸の修復が開始されていた。  だが、完治するまでそれなりの時間はかかるだろう。  その間に城から出る事が出来ればなんとかなる。  少年魔王へ背を向け、重い身体を引き摺るようにして少女の元へ一歩また一歩と近付く。  少女の元へ辿り着き、抱き上げる為に腰を下ろそうとした時だった。  身体が傾き、床に崩れた。 「ぐあぁぁぁ!」  脳神経が焼き切れる様な痛みと共に鮮血が吹き上がり、反射的に痛みの元へ手を当てるが、そこに有る筈の物がなかった。  見れば、床に自身の右腕が転がっていた。  気が狂いそうな痛みを耐え、身体を起こし敵へ向き直ると、少年魔王は胸に突き刺さった長剣を抜き取り終わったところだった。  剣を投げ捨てると腹から零れている腸を乱暴に体内に押し込み、治癒の術式を唱えた。  術の短さから表皮のみを回復させたようだ。  放置していても身体は自動回復する為、取り合えず内臓が体内に収まっていれば良いのだろう。  筋肉も内臓も神経も傷付いたままで、相当な激痛に襲われているはずなのに笑っている。  痛覚が無いのか、痛みすら愉悦に変わるのか笑っている。 「君、中々演技派だね。僕、騙されちゃった」  冷酷残忍な微笑を浮かべている。 「君の事凄く気に入ったから殺さないよ」  愛おしむような目で見詰めている。 「生かさず殺さず、毎日可愛がってあげるね」  大切な玩具を手に入れた子供の様に期待と興奮に満ちた顔で笑っていた。

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