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其処は-4-*

 どんな有能な指揮官であろうと自分が優位に立っている時は油断をする。  まして魔王は自分の絶対的優位を信じて疑わず、常に相手を見縊《みくび》り、人間を瑣末な存在としてしか捉えていない。  事実、魔王と勇者には歴然とした力の差があった。  人が羽虫を振り払う程度の力で魔王は人を騎士を勇者を簡単に潰せるのだ。  だからこそ慢心し、警戒する事無く尊大な態度で居る。  こちらに止めを刺す時が最大のチャンスであった。  狙い通りに深手を負わせる事は出来た。  だが、考えが甘かった。浅はかであった。  深手を負わせたぐらいでは足止めにもならなかったのだ。  不老不死の為、死への恐怖はなくとも痛みを与えれば・・・。  臓器を破壊すればまともに動く事が出来ないと思っていた。  それは希望的観測に過ぎなかった。  臓器が壊れようが、痛みもものともせずにいる。  今にも舌なめずりしそうな顔で微笑んでいる。  駄目だ。  聖剣を持たないただの一騎士に魔王を打ち崩す事など出来るはずがない。 かくなる上はレイナを殺し、自害するしかない。  そう思うのに・・・。  レイナの笑顔が脳裏に浮かび覚悟が決まらない。  思い切れない。  レイナを殺す事が出来ない・・・・・・。  戦場での躊躇いは命取りである。  例え一瞬であっても。  それを身をもって思い知る。 「あぁぁぁぁぁ!!」  脇から右腕を切断され、激痛に精神が侵されているところへ更なる激痛が与えられた。  ジュッ――焼ける音とともに肉の焦げる臭いが鼻につく。  火炎系の術式で傷口が焼かれたのだ。  意識が刈り取られんばかりの激痛に悶絶する。 「はい。止血終了」  痛みを堪える為に蹲《うずくま》り、床に擦り付けていた頭を掴まれ持ち上げられると、息がかかるほど顔を寄せられた。 「安心して。後でちゃんと手当てしてあげる。んで、腕もくっつけてあげるよ。全部キレイに元に戻ったら・・・」  丁寧に爪を剥《は》いで皮を剥《む》いてあげる――。  おぞましい囁きに吐き気がした。 「鳴き声も良かったけど泣き顔もそそるね」  身体の異常によって流れた生理的涙を拭うように舌で頬を下から目元まで舐め上げられた。 「フフッ。いっぱい泣かせちゃお」  少年魔王の嬉しそうな表情から自分の今後の処遇が容易に想像が付き身体に痺れが走った。  自分はいい。  騎士になる時に様々な覚悟をした。  勇者に選ばれ、魔王へ挑むと決意した時にも覚悟を決めた。  だからどの様な目に遭っても仕方ない。  だが、レイナは違う。  戦いに身を置く者ではない。  ただ巻き込まれただけなのだ。  目の前の残忍な魔王にレイナの命乞いをしても無駄だろう。  むしろそんな事をすれば自分を苦しませる為にとレイナを不必要な程に甚振《いたぶ》るかもしれない。  それだけはなんとしても避けなくてはいけない。  生きて親元へ無事に送り届けたかったが、それは出来そうもない。  ならばせめて痛みを感じぬまま一瞬で逝かせよう。  右腕は失ったが残りの手足はまだ動く。  最後の力を振り絞って・・・レイナを殺す。  殺すしかない。  痛みに脳を侵されながら意を決した。 「それにしても君、本当に臭いね。どれだけ犯されたの?」  不機嫌にそう言い放つと臭いを遠ざける様に腕を伸ばし、掴んでいた頭を顔から離した。 「僕色に染めるしかないかな?」  何か行動を起こそうとしたその時。  アークは頭を掴んでいる腕に左腕を絡ませ、固定すると一気に少年魔王の腕を圧し折り、態勢を崩した少年魔王の腹部へと蹴りを入れた。  表皮のみだけを修復した腹は見事に張り裂け、夥《おびただ》しい血と臓器をぶちまける事となった。  少年魔王が床に崩れ落ちると同時にアークも倒れ込むが、痛みに軋む身体を起こすと床を這うようにして少女の元へ向かった。  すまない。  すまない・・・。  すまない・・・・・・。  心の中で何度と無く謝罪しながら距離を縮めて行く。  やっとの思いで少女の元へ辿り着いたアークは床に転がっていた剣を拾うと膝立ちになり、首元を目掛け躊躇い無く振り下ろした。  すまない。  直ぐに俺も逝くから!  冷たい刃が少女の首へ穿たれるはずだった。  だが、それはこの場の支配者によって阻まれた。 「何、勝手な事をしているの?」  腹が裂け、臓器を零したままの少年魔王が剣先を掴んでいた。  化物め!!  心の中で吐き捨てた。  口から血を滴らせながら平然と微笑むと少年魔王はアークを殴り飛ばした。  勢い良く床に叩きつけられ、眩暈がしそうな痛みを堪え、目を開くと靴底が迫っていた。  靴底と床とで板ばさみとなった頭は軋み、鼻骨は粉砕される。 「僕はね生き血が飲みたいんだよ? 勝手に殺しちゃだめじゃないか」  再び顔面を踏みつけられ、一瞬意識が飛びかけたが、それを堪えられたのは少女を殺さねばという思いからだった。  レイナ・・・レイナ・・・レイナ・・・・・・。  レイナ・・・レイナ・・・レイナ・・・・・・。  レイナ・・・レイナ・・・レイナ・・・・・・。  少女を守りたいのに守れない。  無残な死から救わねばと思うのにそれすらも出来ない。  グシャリ――。  靴底が振り下ろされ、顔面にめり込む。  強く優しいレイナ。  こんな所で終わっていいはずが無い。  終わらせてはいけない。  ・・・いけないのに、弱く無力な俺には何も出来ない。  すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。  すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。  すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。  すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。  すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。すまない。  すま・・・ない・・・。  す・・・ま・・・な・・・い・・・。  す・・・ま・・・・・・。  グシャリ――。  何度と無く踏みつけられ、遂にアークは意識を手放してしまった。

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