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其処は-5-*

 何度か顔面を踏み潰していると糸の切れた傀儡《ぐぐつ》の様にグッタリとし、指先一つ動かさなくなった。  意識を失い無反応な事から興がそがれ少年魔王は足を退けると、丁度良いと晒したままの臓器を乱暴に体内に押し戻し、治癒の術式を展開させた。 「これで元通り」  裂けた腹部と折れた腕を治し、戦う前と同じ状態へ回復した少年魔王はアークへと向き直った。 「今日から僕の玩具だからね。ゼクスの臭いは消さないとね」  今にも鼻歌を歌いだしそうな浮かれた声で囁くと、アークの頭部を後ろに反らせ口と喉を開かせ、魔剣の刃先を握り血液を開かせた口へと注いだ。  鼻は潰れ喉を血液で塞がれ、呼吸が行えない苦しさからアークは意識を取り戻した。  苦しみから逃れようと身を捩ってみるが頭を固定されている為、無意味であった。 「あっ! 起きた? 本当は君の大好きな精液を飲ませてあげたいけど、今は出せそうにないから血で我慢してね」  ボタボタと大量の血液を口に落とされる。  口に広がる鉄の味に吐き気がするが、酸素を求め喉は嚥下運動を繰り返してしまう。  おぞましい物が体内に入り込む気持ち悪さと呼吸が出来ない苦しさから逃れようと必死にもがくが、まともに力の入らない身体では何の抵抗にもならなかった。 「もう。ちゃんと零さずに飲んでよ。吐き出したって駄目だよ。ゼクスの臭いが消えるまで飲んでもらうからね」  容赦なく注がれる血液により食道と気道を塞がれ余りの苦しさに頭部を掴んでいる少年魔王の手に爪を立てる。  ガリガリ。バリバリと・・・。  一体何処にこれ程の力が残されていたのかと思う程の強い力であったが、少年魔王は手を緩める事はしなかった。  そして暫くの後、アークは窒息した。 「また寝ちゃったの? もう、だらしないんだから」  顔面は元の形状が分からない程潰れ、内臓の幾つかが破裂し、幾つもの骨が砕け、喉は血で詰りチアノーゼを起こしている。  このままでは確実に死ぬ。  それは長い時間をかけて遊びたいと思っている少年魔王の望む所ではない。  自動修復能力が備わった魔王とは違い、瀕死状態の人間を完治させる為には高位の術式が必要である。  これまで幾度と無く玩具たちの為に施してきた術式を展開させる為、術の範囲から外れるようと三歩後ろに下がった。  その直後。  禍々しい風圧が起こり、床に直径二メートル程の陣が描かれた。  魔王城で魔族以外の者が魔術を発動させるなどありえない。  一体何事かといぶかしんでいると元勇者の身体は陣の中へと沈み込んでいった。  元勇者によって隠されていた部分の術式が明らかになり、何が起こったのかを理解した。 「フッ・・・フフフッ。あははははははははっ! 臭い臭いと思っていたけど、ゼクスの奴、自分の魔力核を埋め込んでいたわけ?」  再び陣から浮かび上がった元勇者の身体は切り落とされた腕も潰れた顔も破裂した臓器も何もかもが城に現れた直後と同じ状態に戻っていた。  唯一つ違っていたのは身体を侵食するように身体の至る所に蠢く影の存在。 「瀕死に陥ったら自動で発動するように仕掛けられていたんだ。本当に君ってばゼクスのお気に入りだったんだね。ますます僕の物にしたくなったよ」  少年魔王が嫣然と微笑んだ刹那。  元勇者の瞼は開かれ、飛び起きると即座に攻撃を仕掛けた。  魔王の魔力核を素に生成された黒く陰鬱な甲殻鎧《こうかくがい》の剣は迷い無く少年魔王の心臓向けられた。  少年魔王は剣先を魔剣でもって軌道を僅かにずらし、それによって出来た隙に筋肉強化を施した蹴りを叩き込んだ。  元勇者は吹き飛ばされ、壁にめり込む。  重力によって床へ引き摺り下ろされると破裂した臓器も砕けた骨も無視して立ち上がった。 「自己修復開始。・・・・・・終了」  硬く抑揚の無い声で呟くと床を蹴り、一気に間合いを詰めた。  右手に備えた甲殻鎧《こうかくがい》の剣へ雷撃系の効果を加え少年魔王の左肩へと振り下ろすが、魔剣によって阻まれる。  だが、刃と刃とが合わさった瞬間。  甲殻鎧《こうかくがい》の剣の形状を変え魔剣に巻き付かせる。  剣を捉えられた事で一瞬脇に隙が出来、それを狙い定めていた元勇者は左手に新たな甲殻鎧《こうかくがい》の短剣を作り差し出すが、それも難無く物理反射の術式で阻止された。  少年魔王の唇が動く。  火炎系第七位の術式が発動されるが元勇者も同時に全く同じ術式を発動させた。  相殺した余波で両者共に吹き飛ばされ、少年魔王はひらりと軽やかに着地し、嬉しそうに零す。 「やっぱり勇者に選ばれるだけあって強いよね。勇者が魔術を扱えるのって本当に厄介だなぁ」  そう言いながらも、決して揺らぐ事の無い優勢に微笑を曇らせはしなかった。  対照的に無表情な元勇者は次なる術式を唱え始めていた。  中に浮かび上がった陣を見て、少年魔王は即座に術式に介入すべく楔を打ち込んだ。 「もう。何物騒なものを発動させようとしているわけ? 室内で使っていい術式《もの》じゃないでしょ。それ」  火炎系第二位術式。猛炎。発動されればその場にあるもの全てを千度以上高温で溶かしつくす危険なものである。 「そんなもの発動させたら君の後ろで転がっている少女も死んじゃうけどいいのかな?」  知性も理性も無く目の前の敵を排除する事に捕らわれている元勇者は忠告を無視し楔を取り除き、なおも術式を発動させようとする。 「そんな事を考える頭はないか。魔族に落ちかけの君には」  瞬時に元勇者の背後に回り込むと首に腕を巻き付けた。 「幾らでもかかっておいでと言ったからね。言葉の責任は取らないとね」  次の瞬間。  転移の術式で二人の姿は城外へと移動していた。

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