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其処は-6-*

 俺は何故戦う事が出来ているのだろうか?  切断された腕も潰れた臓器も粉砕された骨も何もかもが完全に治癒されている。  身体が軽い。  何時もより数段俊敏に動いている。  だが、俺の意思とは関係なく勝手に動いている。  そして何よりも魔王の城で人間である俺が術式を発動出来るのだろうか?  靄がかかった様に鈍い頭で考えるが、分からず他人の目を通し世界を見ているような妙な感覚に捕らわれながら事の成り行きを見守る。  凄い。  魔王と互角の戦闘を繰り広げている事に素直に感心する。  おかしい。  甲殻鎧《こうかくがい》の術式や火炎系第七位の術式はいい。  だが、今俺が唱えている術式は何だ?  その疑問に答えるように目の前に現れた陣を読み、それが火炎系第二位術式だと理解したが、更に疑問は深まる。  何故知らない術式を唱えているんだ?  基本属性が雷撃系。剣術士の俺に火炎系第二位を発動させる事は不可能なはずなのに・・・?  しかも室内でそんなものを発動させれば俺や魔王は兎も角、レイナは確実に死ぬ。  止めろ!!  必死に自分へ訴えるが、唇は淡々と呪文を唱え続ける。 「そんなもの発動させたら君の後ろで転がっている少女も死んじゃうけどいいのかな?」  術式に介入すべく魔王が楔を打ち込んだお陰で一時的に術式が止まったが、それすらも排除し術式を展開させようとする。 「そんな事を考える頭はないか。魔族に落ちかけの君には」  俺が・・・なんだと・・・?  少年魔王の発した言葉を拒むように脳が上手く働かない。  困惑していると一瞬視界が奪われ、次の瞬間には暗雲立ち込める空が眼前に広がっていた。  浮遊感を感じた刹那、重力に引き寄せられ落下を始める。  下を見れば魔王城が広がっており、このままでは激突は免れない。  アークは中に防御系の術式を展開させ其処に着地すればいいと考えるが、それを無視し唇は別の術式を唱える。  だが、その術式が展開される前に目に見えぬ何かに叩きつけられた。  身体が接触した部分が七色に波打つ。 「城内は一切の魔術が使えないけど、それ以外の場所でなら発動できると気付いた連中が上空から色々仕掛けてきてね。鬱陶しかったから城を取り囲むように何重にも防御壁を張ったんだ」  防御壁に悠然と佇み少年魔王は言う。 「此処なら第一位の術式くらい何千回でも受け止められる。さあ。楽しい宴の続きをしようか?」  開演の合図だとでも言うように火炎系第三位の攻撃が少年魔王によって放たれた。  大気を切り裂くように横殴りの紅蓮の炎を飛翔しかわすと先程途中まで組み上げていた火炎系第二位。猛炎を展開させた。  高温の液体が振り注ぐが少年魔王は防御壁でそれを難無く防ぐ。  魔王城を包むように展開された防御壁の形を露にするように高温の液体は広がり流れ落ちて行く。 「キレイだね・・・」  少年魔王の言葉が終わらない間に次の術式が放たれる。  火炎系第一位。壕炎。  獰猛な獣のような炎の塊が少年魔王へ襲い掛かるが、魔剣により薙ぎ払われる。  駄目だ。  こんな戦い方では直ぐに魔力切れになり、負ける。  今の俺は・・・俺の身体は何も考えていない。ただ本能の赴くまま目の前の敵に向かっているだけだ。  早く身体を取り戻し、己の意思で戦わなくてはいけない。  そう思うのに、神経が途切れているかのように手足はおろか瞬き一つ思うように動かす事が出来ない。  折角魔術が使え、打ち負かせるかもしれない好機だというのに・・・。  魔術が使えている・・・・・・。  知らない魔術が・・・。  発動不可能なはずの術式が・・・。  魔術とは習得すると魔力核に刻まれ蓄積されていくものだ。  使用する時は魔力核から必要な情報を取り出し展開させる。  俺の魔力核に火炎系第一位の術式の情報などありはしない。  ならどうやって展開させている・・・・・・?  あるのか? 俺の中にもう一つ魔力核が?  魔王城で発動可能な高位術式が刻まれた魔力核が・・・。  何故・・・何時・・・どうして・・・。  考えるまでもない。  この半年間俺の身体を自由に出来た忌々しい存在。  西の魔王・・・ゼクス!  あいつの仕業だ。  奴の真意は知らないが、俺が寝ている間か意識を手放している時にでも埋め込んだに違いない。  奴の身体の一部が体内にある。  無理矢理汚物を体内に入れられた様な嫌悪感と憤怒が綯い交ぜになる。  今直ぐ胸に剣を刺し込み、抉り出したい衝動に駆られるが、指一本動かせない現状ではどうする事も出来ない。  落ち着けと気を静めろと自身を宥めている間も身体は勝手に魔王と死闘を続けている。  怒涛の攻撃を交わし、打ち返し、隙があれば剣を振るい、術式を浴びせる。  こうして戦えているのはゼクスの魔力核があるからだ。  例え身体が自由に動かせたとしても、今ゼクスの魔力核を取り出すわけにはいかない。  目の前の魔王を打ち崩す為には・・・レイナを無事に連れ帰る為にはゼクスの魔力核に縋る以外ないのだ。  それが弱者の理。  どんな理不尽な事も不条理な事も受け入れなければならない。  地べたを這い、泥水を啜り命を繋げるしかないのだ。  そうする以外生きる術が無いのだから。  魔王の身体の一部だろうと受け入れるしない。  それが・・・。  例え、人でなくなる事になろうとも・・・・・・。  魂を持って。  全身を持って。  身体の奥深くに沈み込んでいる魔力核を探り、触れる。  白い紙にインクが落とされ浸潤していく様に・・・。  黒く禍々しいものが身体に染み込んで行く。  俺を形作っているものがバリバリと剥がれ落ち、崩れていく。  積み木細工が崩れるように・・・・・・。  砂の造形物が崩れるように・・・・・・。  そこには何もなくなった。  そして直ぐに再構成される。  よく似たものが。  よく似て非なるものが。  これまでと全く違うものが形作られた。  悲しい気がする。悲しくはないが。  寂しい気がする。寂しくはないが。  悔しい気がする。悔しくはないが。  怖い気がする。怖くはないが。  嬉しい気がする。嬉しくはないが。  楽しい気がする。楽しくはないが。  何かを感じているはずなのに何も感じていない。  俺は・・・・・・。  誰だ?

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