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其処は-8-

 アークはグラ付く心とふら付く身体を引き摺るようにして最後の段まで下りると、傍に生えていた木へ飛び移り、その木をつたい地上へと下り立った。  レイナを救出するべく門を潜り、正面玄関へ向かう。  玄関が視認出来る所までくると大きな影が佇んでいるのに気付いた。  気配を殺し、影を伺うとそれは頭部全体を包帯で覆い、ボロボロの外套で身を包んだ大きな人型の魔物であった。  腕にはレイナを抱えている。  人質にでもする気かといぶかしみながら、いかにして救出するかを考える。  どうする?  一気に間合いを詰め、首をへし折るか?  戦いの興奮から冷めやらぬせいか、つい好戦的な事を考えてしまう。  駄目だ。  レイナが危険だ。  背を玄関に預けるようにして立っている為、背後に回りこむ事は出来ない。  正面玄関前は遮蔽物一つない開けた空間な為、気付かれずに近付く事は不可能だろう。  最初の考え通り強硬手段に出るべきかを検討していると、魔物が声を発した。 「チカク。イル。ワカル。デテコイ」  何処にいるかわ分からずとも居る事がばれている以上不意を付くのは難しい。  相手の出方を知るためにもアークは大人しく物陰から姿を晒した。  要求が発せられるのを待っていると、包帯の魔物は少女をアークに向けて差し出した。  受け取れとでも言うように。  意味が分からず困惑していると、包帯の魔物は差し出した少女を多少高く掲げる事で催促する。  早く受け取れと。  相手の思惑は分からないが、返してくれるなら返してもらおうとアークは包帯の魔物へと近付いた。  あと一歩で少女へと手が届く距離に来て、漸くアークは気が付いた。  魔王城にいる物は全て魔物だと思い疑いもしなかったせいで気付くのが遅れたのだ。  目の前の包帯の巨体は魔物ではなく人間の男だという事に。  何故人間がこんな所に居るのだと疑問に思いながらも少女を受け取り、細く小さな身体を腕に納め抱きしめる。  良かった。  そう安堵すると同時に少女の滑らかな肌質や幼く健康的な香りに身体がざわめくのを感じた。 『知ってる? 処女の生き血って美味しいんだ』  少年魔王の囁きが脳に響く。  少女の白く柔らかな首筋に吸い付き、喰らい、貪りたいという欲望が頭を擡げる。  喉を鳴らしている自分をおぞましく感じ、少女の首筋の替わりに自分の腕に噛み付き痛みで自身を律する。  しっかりしろ!  この子は守るべき存在だろう!!  必死に理性を働かせていると包帯男が玄関の扉を開け、言葉を発した。 「コッチ・・・ダ」  手招きし場内に入れと支持する。  動こうとしないアークへ再び言葉を発する。 「ココカラ、デタイ、ダロ」 「出るのに城内に入る必要があるのか?」 「デタイ、ナラ。ツイテクル。イイ」  人間であろうと魔王城にいる時点で疑うべき存在である。  言葉を鵜呑みには出来ない。  だが、眼前の男からは敵意も害意も悪意も感じ取れない。  城の外に出ているのに態々入れと言うのは門外に何か仕掛けでもしてあるのか?  それを回避し敷地外に出る抜け道を教えてくれるのだろうか?  いや、唯の罠かも知れない。  その可能性は高い。  如何したものかと考えあぐねいていると男は薄暗い廊下の奥へ一人で進んでいってしまった。  付いて来ても来なくてもどちらでもよいという姿に押される形でアークは男を追った。  男に案内された部屋は物置部屋であった。  雑然とした部屋の奥へ進むと、魔力を宿した大きな鏡が置いてあった。 「ココ。ハイル。テンイ、スル」 「転移? 何処に出るんだ?」 「シラナイ。オマエ、カンケイアルトコ、デル」  俺に関係ある所だと? 「ハヤクスル、イイ。コドモ、モタナイ」  レイナ?  転移のショックで気を失ったままだと思っていたが、呼吸が浅く顔は青白い。 「ココノ、ジャキ、コドモ、キツイ」  長く魔王城に捕らわれていたせいで鈍くなり気付けなかったが、確かに陰鬱としたここの邪気は子供にはきつい。  魔王の魔力核には転移の術式も刻まれていたが、発動させるだけの魔力が残っていない。 「聞くが、ここから徒歩で一番近い町までどれくらいかかる?」 「ココ、コトウ、マワリ、ウミ、デレナイ」  孤島・・・。  魔力がない状態ではどうにもならない訳か。  魔力が回復するのを待つ程の余裕はない。  目の前の鏡に飛び込む以外ないのだろう。  だが、転移先が俺に関係ある場所という情報だけでは入るには入れない。  ヴェグル国に転移されればいいがそれ以外の場所であったら・・・。  その時は・・・。  戦えばいい。  そう。戦えばいいだけだ。  立ちはだかるもの全てを薙ぎ払い、打ち砕き、殲滅するだけだ。  戦いを予期し心と身体か昂る。  アークは精悍な顔を歪め薄く笑い、少女を抱きしめると鏡へと近付いた。 「お前はここから逃げないのか?」  振り返り包帯男に問うと男は首を左右に振った。 「ココイル。ジブンノ、イシ」 「そうか」  それを別れの挨拶とし、アークは鏡の中に飛び込んだ。  天と地。前後左右のない転移術特有の感覚に包まれた次の瞬間、何かに引っ張られる感覚に襲われた。  視界が奪われ、意識が刈り取られそうになりながら逸れまいと少女をきつく抱きしめた。  吐き気を伴いながら瞼を開くと見慣れた天井が目に入り、転移先が何処であるかが分かった。  辺りを伺い部屋の様子から戻ってきたのだと、確信した。  腕の中にレイナの姿がない事に気付き、慌てて上半身を起こすと色白の妍麗《けんれい》な顔が微笑みを浮かべ、床に横たわるアークを見下ろしていた。 「お帰りなさい」  黒く長い髪。深い青い瞳。妖しい微笑を常に浮かべている口元。  もう二度と見る事は無いと・・・見たくないと思っていた顔。  右目を眼帯で覆った魔物が其処に立っていた。

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