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ビーンの森にて-2-
「ごめんね。驚かせて。うちのお兄ちゃん大きくてバカ力だけど怖くないから安心してね」
「う、うん」
微笑を浮かべたもののレイナの表情は硬く、全身に込められた力を抜く事はせずに固まったままいる。
兄タツミに比べれば背は低く線の細いウジヒコだが、人間の少女からすれば化け物に見えるのかもしれない。
「ウジヒコ、レイナを下ろしてあげて」
言われ、ウジヒコは無言のまま頷いた。
優しく地に下ろされるがレイナはその場に崩れるように座り込む。
「大丈夫!?」
「大丈夫。なんか脚に力が入らなくて・・・」
立ち上がろうと試みるものの立ち上がれずにいるレイナの背を摩る。
「無理に立ち上がらなくていいから」
すると幼い声があちらこちらから上がる。
「だいじょうぶ?」
「へーき?」
「どこかいたいの?」
見れば、猫や犬や兎などの耳を生やした五歳前後と思われる子供達が木や草の陰から姿を現した。
自分よりずっと年下の子供達に心配そうに見つめられ、レイナは笑顔を作ってみせる。
「大丈夫だよ」
元気である事をアピールするために両腕を持ち上げ、肩の高さで力瘤を作るポーズをとる。
すると可愛らしく間の抜けた音が鳴り響いた。
ぐぅ~きゅるるるるる。
獣人族の子供達は一斉に笑い出した。
「なんだ。おなかすいていたんだ」
「ごはんたべなくっちゃ」
兎耳の子が言うと、その隣の犬耳の子は鼻をヒク付かせた。
「いいにおいがする」
匂いに導かれるように犬耳の子は這い這いでタツミの居る方へと突き進んだ。
タツミの足元まで来ると動きを止め、遥か頭上にある顔を凝視した。
「ん?」
「ふくろとって」
困ったような恐れているような表情で頼む理由に思い至り、タツミは身を翻した。
巨体が動いた事によりその後ろに横たわっている者の姿がレイナの目に入った。
「王子様・・・」
端正な顔に苦しみの色は無くただ眠っているように見えるが、手などの肌が露になっている部分に黒い染みが見え、背筋が凍った。
無事を確かめねばと立ち上がろうとするが上手く行かず、両手両脚を使い這うようにしてアークへと向かう。
タツミを超えようとした時だった。
腰のリボンが何かに引っかかりそれ以上進めず、引っ掛かりを取り外そうと振り返ると獅子の耳を生やした大男がレイナのリボンを掴んでいた。
「今はあいつに近寄らない方がいい」
「王子様・・・なんで・・・病気?」
今にも泣き出しそうなレイナに対し微笑んでみせる。
「ちょっと疲れて眠っているだけだ」
「本当?」
「ああ。それに今仲間に魔法使いを呼びに行かせているから直ぐに元気になる」
「王子様死んだりしない?」
「しねぇよ」
大きな手で頭を優しく撫でられるが不安は拭えず、必死にアークを見つめる。
自分が眠っていた間に一体何があったのだろうか?
最後にある記憶は異空間を漂っていたというものだ。
そして目覚めた時にはこの森にいた。
何が何だか分からず泣きたい気持ちに駆られるが、重大な事を思い出し大男の足へしがみ付く。
「黒い王子様と船の人達を助けて!」
必死にこれまでの経緯を説明すると大男は顎を擦り「なるほど」と呟いた。
「直ぐにでも助けてやりたいところだが、俺ら獣人族は魔術が使えねぇんだ」
タツミの言葉にショックを受け表情に影を落とす。
「そんな暗い顔すんなって。魔法使いがくればその問題も解決するからよ」
バンバンと背中を叩かれる。
元気を出せと励ましの為に軽く叩いているのだろうが、か弱い少女には強過ぎ、姿勢を保てずに地面に突っ伏した。
「やめんか!」
容赦ない妹の蹴りに大男は再び吹き飛ばされる。
「ごめんね大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
優しく抱き起こしてくれるミキに力無く微笑み、答える。
蹴飛ばされたところを擦りながら戻った大男はアークが手にしていた紙袋を持っていた。
「ほれ」
紙袋を差し出され、レイナはおずおずと受け取る。
袋を開けると甘い香りが鼻をくすぐり中身が食べ物である事が分かった。
「兎に角今は腹ごしらえだ。魔法使いが来るまでは俺達に出来る事は何も無いからな」
「でも・・・」
王子様の持ち物であり自分のものではない物をどうしたら良いか分からず袋を見つめる。
匂いに刺激を受け、腹の虫を鳴らしながらも袋の中身に手をつける気配の無いレイナに笑ってみせる。
「それはあいつの持っていたものだ。お前の為に調達したのか、俺達への手土産かは分からねぇが、食べても問題無いねぇよ」
「そう・・・かな?」
「ああ。大体食い物くらいであいつはガタガタ言わねぇって」
「う・・・ん」
食べる事を躊躇っているのを見かねタツミはレイナから紙袋を取り上げると、無遠慮に中を弄りクッキーを一枚取り出し、食べた。
「美味いな。これ」
二枚目を取り出し、口へ運ぼうとするが、足元で尻尾を勢い良く振り、目を輝かせている犬耳の子に気付きクッキーを差し出す。
「お前も食べるか?」
「うん」
返事と同時にタツミの手から奪うようにクッキーへ飛びついた。
「あー、タロウだけずるい」
「わたしもほしい」
猫耳と兎耳の子供達もタツミの元へと駆け寄った。
一枚ずつ子供達に手渡すとレイナにも差し出した。
躊躇いながらも受け取り、暫くそれを見つめるものの、子供達が美味しそうに食べる姿に釣られるように口へと運んだ。
「美味しい」
くるみの入ったクッキーに舌鼓を打っていると獣耳の子供達はタツミに二枚目を要求し始めた。
「くれって言われてもなぁ。これはそこのお嬢ちゃんの物だからなぁ」
タツミの視線を追うように六つの瞳がレイナへと注がれた。
犬と兎耳の子は尻尾を振り、猫耳の子は尻尾をピンと立てじっと見つめる。
言葉がなくとも分かる。
クッキー頂戴。食べたいな。欲しいな。
自分よりも年下の愛くるしい姿をした子供達の無言の要求に否と言える程レイナは強くなかった。
「えっと・・・皆で食べる?」
言うや否や三人の子供達に飛び掛られた。
三人にもみくちゃにされているとタツミから紙包みが差し出された。
受け取り開くと沢山のクッキーがあった。
食べる事に躊躇いを感じはするが今更言葉を撤回する事も出来ず、心の中で王子様に謝罪と礼を言い子供達にクッキーを分けた。
タツミは紙袋に残るもう一つの紙包みを取り出すとミキに渡した。
「お前果物ナイフ持っているだろ? 切り分けてやれよ」
「了解」
「ところで、アークとログは何時から王子になったんだ? あいつら王族だっけ?」
「バカね。王子っていうのはかっこいい人の総称。レイナはアーク達を総称で呼んでいるのよ」
「ふーん。なんでだ?」
「私が知るわけ無いでしょ」
兄のバカな質問に終止符を打つために脚を軽く蹴飛ばす。
ミキは手渡された包み紙から何が出てくるのかわくわくしながらそっと開いた。
中からはこんがりと焼き上げられたパイが姿を現し、ミキの口の中に唾液が広がる。
少し離れた場所に立つウジヒコは無関心を装っているが、尻尾の揺れ具合でパイを欲しているのが分かる。
今この場に居ないが、ホムラの分を取っておかねば面倒な事になる事は火を見るよりも明らかだ。
八等分するのが正解だろうと結論付け、懐から果物ナイフを取り出そうとした時だった。
危険を知らせるざわめきが背筋を駆け上った。
タツミ、ウジヒコ、ミキはざわめきの方へ向き直り、敵の襲来に備え臨戦態勢を取る。
三人の子供達はそそくさと木の影へと身を潜め、その身で危険を感じる事は出来なくとも獣人族の様子から何か良くない事が起こるのだとレイナも身構えた。
眩い光と土煙が上がり人影らしきものが揺れる。
土煙から何かが飛び出した。次の瞬間。
それはタツミへ詰め寄っていた。
「僕のイグたんは何処だお!?」
影の正体が分かり、獣人族全員は一気に脱力し、現れた者が何なのか分からないレイナ一人だけが石の様に固まっていた。
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