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ビーンの森にて-4-

 イグルとの情報交換を終えるとログはガース親子に飛空挺が勘違いで襲われた事。そしてこれまでの経緯を簡単説明し謝罪した。  飛空挺の賠償と国へ必ず送り届ける旨を伝える。だが堅物のガースはログの申し出を断った。 「あんたらを乗せようがいまいが攻撃を受けたに違いねぇ。あんたらがいなければ俺達は海の藻屑となっていたはずだ。謝罪や金を貰ういわれはねぇ」 「そうは言っても飛空挺はかなり高価なものですし、おいそれと買える物ではありません。ですから・・・・・・」 「なめんじゃねーぞ小僧。飛空挺一挺くらい用意するあてはある。あんたらは俺ら三人を国に帰してくれればいい」 「ですが・・・」  頑固オヤジと生真面目で口下手な騎士の話し合いは平行線を辿り、このままでは永遠に続きかねない話し合いに終止符を打つべくラーイが二人の間に割って入った。 「黒い騎士さん。うちのオヤジは大変な酒好きなんでね。この国の銘酒を何本か頂けたら問題ない。で、俺達兄弟はこの国の料理に興味があるので高級料理を食べさせて貰えたらありがたいんですがね」  飛空挺に比べればはるかに安い要求に申し訳なさを感じながらも、相手がそれを望むならとログは申し出を了承し、自分が動けばアークの帰還を知られる恐れがある為、ウジヒコに使いを頼む事にした。  アークが現在危険な状態である事を伝え、人払いをしたイグルは眠る主を見下ろしていた。 影に侵食されていなければただ眠っているだけに見える。  だが、先程魔術をもってアークの身体を解析し、体内に魔王の魔力核が埋め込まれている事が分かり現状が理解できた。  魔王は初めからアークを手放す気は無かったのだ。  何をきっかけにか魔力核が発動するように仕掛け、迎えに来た仲間と殺し合いをさせるつもりであったのか、もしくは自国を滅ぼさせ帰る場所も愛するものも全てを奪い、自分の下へ戻るように仕向けるつもりであったか・・・・・・。  或いは全く違う思惑を持って埋められたのか、魔王の真意は分からない。  分かる事はこのままでは侵食は進み、終《つい》には魔族へと身を堕とすという事。  そうなる前に何とかしなくてはいけない。  魔王の魔力核が発動する前ならば第一位の魔術師であるイグルであっても核を取り除く事が出来た。  だが、身体の七割が侵食されている今では魔王或いは魔法使いでなくては取り除く事は出来ない。  アークの心の状態を推し量り、身体検査や解析を先延ばしにしてしまった自分の落ち度だと僅かに眉根を寄せる。  アークが心というものを自分に与えなどするからこのような失態を犯す羽目になった。  心など持たなければ、アークの状態など無視し泣こうが喚こうが関係無く全てを暴く事が出来た。そうすればこんな事態に陥らなかったのだ。  だが、心を持たなければ誰かをアークを助けたいと思う事も無かったに違いない。  心の有無に対するジレンマにイグルは眉間の皺を深める。  答えの出ない問題。考えるだけ無駄だと結論付け、重い溜息を付いた。  魔王。魔法使いどちらもアークを助けるつもりは無いだろう。  力量不足であっても自分がやる以外に無い。  影に侵食され融合した身体を解析し分解。粒子へと還元する。  異物を取り除いた後、再び元の状態へ戻す。  失敗すればアークは二度と人の形に・・・元の状態に戻る事は無い。  それはアークの消滅。死を意味する。  人の生死に関心は無く、目の前で誰がどれだけの数死のうと何も感じない。  常に凪いだ心が、アークの死を意識しただけで波立つ。  何とも言えぬ不快な感情にイグルは目を閉じた。  全く、余計な心《もの》を貰ってしまったと深い溜息を吐き、ゆっくりと目を開けた。 眠るアークを見つめる。  もしもの時は私も一緒に逝きますからと心の中で呟き、術式の組み上げ始めた。  草葉の陰からこっそりと愛する我が子を見守る眼鏡の魔法使い。  姿かたちは勿論、気配すら悟らせない完璧な迷彩術式を無駄に使い普段自分に対し微動だにしない表情が僅かだが変わる様を見て悦に入っていた。  思い悩む姿も可愛いと相好を崩しまくり、だらしない顔をしているが迷彩の術式を発動している為、誰にも知られずに済んでいる。  親バカな魔法使いからしたら可愛く見えるイグルが目を閉じ深い溜息を漏らした後、再び目を開き術式を組みだしたのを見て何を始めるのだろうかと目を輝かせた。  我が子ながら高度な術式をそつなく組み上げていくものだと感心する。  だが、術式が進むにつれ、イグルが行おうとしている事が分かり、魔法使いの笑顔が固まった。  術式が六割組み上げられたところで魔法使いは無理矢理割り込み、術式を強制終了させた。第一位の魔術師の術式に介入出来る人間はこの場に一人。完璧な迷彩の術式で姿を隠し何処にいるか分からない為、顔も視線も動かす事無く苛立ちを孕んだ声のみを向ける。 「邪魔しないで下さい」  説得をするのに姿を消したままではいけないと術を解く。  普段感情を纏《まと》わない瞳が怒りを纏《まとい》向けられる。 「イグたんこの術式が失敗したら死ぬつもりだお。そんなの見過ごせないお!」 「貴方には関係ない」 「関係あるお。パパは世界で一番イグたんをあいしているお!」 「それは貴方の問題です。貴方の問題に私を巻き込まないで下さい」 「何一人で大きくなったような事言ってるお。ここまで育てるのにパパがいくらつぎ込んだか分かっているお!」 「それなら魔術師になり、稼いだ金で返済済みです」 「おおおお金だけの問題じゃないお。パパのコネをふんだんに使って色々イグたんのお願いを叶えてあげたお!」 「それは保険金でチャラにしておいて下さい」  暖簾に腕押し。再び術式を紡ぎだした息子を止めるべく魔法使いは術式で頭上から大量の水を浴びせた。 「頭を冷やすお! イグたんの組み上げた術式には五つの欠陥があったお!」  そう指摘され、さすがにイグルも押し黙った。  アークへ目を向けると影が蠢き、侵食が進む様子に焦りを感じ、きつく拳を握る。 「このままではアークが魔族に落ちてしまいます」 「未熟な術を発動させても死ぬだけだお」 「なら、どうすればいいんです」  冷たく問い詰めるような質問に魔法使いは両手を腰に小さな胸を張ると言った。 「パパを頼ればいいんだお! 大魔法使いのパパに不可能は無いお!」  その言葉を聞き、イグルの波立っていた心が凪いだ。  上手くすれば確実にアークを助けられる。そう判断し、演技のボタンを押した。  表情は無表情のまま、声は冷たく問う。 「アークを治す気は無いのでは?」 「うん。でもイグたんの頼みなら聞かない訳にいかないお」 「どうだか」  貴方は当てにならないと、引いてみせる。  息子の気を引きたい魔法使いは慌てた。 「今までたくさんイグたんのお願いを叶えたお」 「それは過去の話です」 「現在進行形で叶えるお!」  疑いの眼差しを向け、やはり自分でやるしかない。訂正するから欠陥箇所を教えて欲しいと告げると魔法使いは駄目と言う言葉を連呼した。 「あんな危険な術式はイグたんにはまだ早いお!」 「他にやる人間がいません」 「なら、パパがやるお!」 「何故です?」 「そんなのパパがイグたんを愛してるからだお」 「本当に?」 「当たり前だお。世界一愛してるお。いや、もう愛し狂っていると言っても過言ではないお。どれくらい愛しているかというと・・・あれは初めて会った時だお・・・」  余計な話に突入する前にイグルは養父の両手を自らの手で握り締めた。  困っている表情を作り、縋る様な声で言う。 「お願いします。アークを助けて下さい。何でも言う事を聞きますから」  表情と声、言葉の威力は絶大だった。  愛する我が子の必死なお願いに一気に血圧を上げ、鼻血を噴出した。 『何でも言う事を聞く!? その言葉は本当だお? 男に二言はないお? ってかその言葉パパ骨に刻んじゃたお!』  一分一秒でも長く手を握られていたい魔法使いは流れ出る鼻血をそのままに、喜び勇む心を悟られまいとにやける顔を必死に抑える。 「まあ、イグたんがそこまで言うならね・・・」 「お願いします。今、頼れるのは貴方だけです」  止《とど》めの言葉に魔法使いは出血量を増大させ「任せるお!」と力強く言った。 「イグたんはやれば出来る子だお。パパの紡ぐ術式を見たら直ぐに使いこなせる様になるお。 ちゃんと見ておくんだお」 「はい。お願いします」  そして大魔法使いによる魔術核取り出しの術式は開始された。  魔術師と魔法使いが陣取っている所から百メートル程離れた場所で獣人族五人とレイナはアップルパイを頬張っていた。  人間よりも優れた聴覚と視覚を持った獣人族には魔法使い親子の会話も行動も筒抜けであった。 「何時見てもあの二人のやり取りってコントみたいで超ウケるよね?」 「だな」  笑い合う兄弟をよそにレイナは心配そうに訊ねる。 「王子様大丈夫かな?」 「大丈夫。大丈夫。銀髪と魔法使いが揃った時点で無事は確定したようなもんだからな」  タツミは大きく笑い。ミキもにっこりと微笑む。 「そうそう。だからレイナはアークが目を覚ました時にとびっきりの笑顔を見せる準備をしなきゃだよ」  飲んで食べて、よく遊びたくさん寝る。  まだ寝るには早いから今は兎に角食べる事だと言われ、殆ど手付かずのアップルパイを食べる様にと勧められた。

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