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繭の中-1-
四日が経っても繭に変化がない為、イグルは魔法使いを強制召還し、問い詰めた。
「三日で術式は完了だと聞きましたが、間違いでしたか?」
「間違ってないお」
責める様な視線であったが、愛息子に見つめられている事から魔法使いはデレデレと緩みっぱなしのだらしない笑顔でもって答える。
「魔力核取り出しの術式は完全に終わっているお」
「なら何故・・・」
「本人が出たくないとダダを捏ねているんだお」
出たくない。
そうアークが望む理由に心当たりがあるイグルとログは俯いた。
「無理矢理引っ張り出すお?」
「止めて下さい。そんな事をしたらアークが壊れてしまいます」
「ちょとくらい大丈夫だお」
「お願いですから止めて下さい」
お願いと言うよりも命令に近い口調であった。
一分一秒でも早く息子と我が家に帰りたい魔法使いは口を尖らせ不満を漏らす。
「何時になったら帰れるんだお」
養父の言葉に耳を傾ける事無く、イグルは繭へそっと触れた。
全てのものを拒絶するように冷えた感触だった。
魔王城を出てからずっと帰りたくない。死にたいと零していた。
感情の乏しい自分には計り知れない苦痛を抱えているのだろうと判断し、気持ちの整理や心の回復が少しでも出来ればと一番時間のかかる方法で帰る事を選んだ。
だが、それは裏目に出た。
傍を離れている間に魔族に身を落としかけるような事態に陥ってしまった。
自分の選択は癒すどころか苦しみを増大させただけだった。
所詮感情のない壊れた人間が他人を思いやるなど無理だったのだ。
アークの心も身体の状態も無視して即刻国に連れ帰れば良かった。
そうすれば少なくとも新たな苦痛を与える事はなかったのだから。
自身を責めながらイグルは繭へと額を押しあてる。
――喜びも苦しみも分かち合うと言ったじゃありませんか。
――苦しみはいくらでも引き受けますから出てきて下さい。
「アーク・・・・・・」
祈るようにその名を呼んだ。
あちら側と隔離された世界にアークは一人膝を抱え身を丸め座っていた。
無限に広がっているが何処へも繋がっていない無機質な世界。
針を落とせばその音が響くだろう静かな空間に無遠慮な声が響く。
『呼んでいるぞ。出て行かなくていいのか?』
問われ、アークは身を小さくした。
『出たくないなら出なくていい』
叱られるでもなく怒られているわけでもない軽い口調だが、アークは身を更に縮めた。
『なあ、アーク。私は何度となく忠告したぞ。バカを辞めるか強くなれと』
叱られた子供のように、抱えた膝に額を押し当て顔を上げない。
上げられない。
『弱いくせに魔王に挑むなんてバカなまねをした。これは当然の結果だろ?』
分かっている。
自分の力量も弁えず、自分の信じる正義の為に行動をした。
これはその代償なのだと。
『後悔しているのか?』
後悔はない。
アバドが兵を率いて魔王城へ向かったと知りながら、何もせず傍観者となっていたなら俺は自分を許さない。
出来る事をせずに誰かを見殺しにする事で自身の安全を図るなら、それは俺ではないのだから。
ただ、魔王城へ向かう前と今とではあまりにも違い過ぎる。
皆の求める清廉潔白なアーク・エス・ノエルはもういないのだ。
家族や部下。自分を知る人々を落胆させたくは無い。
だからこのままでいさせてくれ。
そうすれば誰も傷付かずにすむ。
『本当にそう思うか?』
声の問いには答えずに抱えた膝をより一層強く握り締める。
『顔を上げろ』
声の主は力任せにアークの頭を掴むと上を向かせ、黄金に輝く瞳でアークを見つめた。
『お前は私との約束を反故にする気か?』
――約束・・・・・・。
『良く思い出せ。私と交わした言葉を』
――言葉・・・・・・。
『初めから全て・・・・・・』
声の主は掴んでいたアークの頭をそのままに、自身の額を押し当てた。
額と額が合わさり脳が揺さぶられ、目の前が真っ白になり視界が失われる。
優しく懐かしい匂いを感じ、アークはそっと涙を流した。
――先生・・・・・・。
目の前の人物へ手を伸ばすが、虚しく空を切り触れる事は叶わなかった。
優しい光に抱きしめられるように包まれ、アークは記憶の海へとそっと落ちて行った。
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