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繭の中-11-
「さっきの炎の竜落下は事故ではないのでしょうか?」
「当たり前だ。力量不足な術師達が作った脆い防御壁とはいえ一枚ならまだしも何十枚も打ち破るような危ないものを祭りに打ち上げるアホはいないだろ」
確かにその通りである。
「やはりシュルツ兄弟が狙われていたのでしょうか?」
「さてな。それは分からん。ただ貴様と黒い兄弟に向かって落ちてきていた事は確かだ」
「そうですか……」
「そう辛気臭い顔をするな。折角の祭りなんだから楽しめ。テールスから軍資金はせしめてきてあるから金の心配はいらんぞ。何でも買ってやる」
そう言われてあれこれ買ってくれとせがめるほどアークは無邪気な子供ではない。
「結構です」
断りを入れると、アークが先導するように歩き西塔三階に着いた。目的のメイド喫茶は直ぐそこだが、どうにも入れそうに無い。
例の困った先輩が入り口でメイドと揉めているのである。
「入店拒否なんて酷いじゃないか。僕は店のルールは守っているしお金だってちゃんと払っている。入店拒否される覚えはないよ」
「客が店を選ぶように、店も客を選ぶんです」
「僕の何がいけないんだい?」
「存在にきまっているじゃないですか!」
「そんな! スペシャルセットを十五個も頼んで売り上げ貢献しているもしているのに!?」
「それが営業妨害なんです! 大体目と鼻の先で事故が起こったんですから文化祭実行委員なら実行委員らしく現場に向かった方がいいんじゃないですか?」
「それならジャックとドーリーが現着しているから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないです!」
メイドは額に青筋を立て、怒りを露にパンチを繰り出す。
見事にボディにヒットするものの効果はないらしくアレイスターの笑顔に変化はない。
涼しげな表情が怒りを増幅させ、メイドは左右交互に何発ものパンチを放つが、効果はゼロ。
「キーーーーー!」という憤懣《ふんまん》の声と、あるものにとっては癇に障る爽やかな笑い声が響く。
そんな遣り取りを前にアークは出直した方が良さそうだと判断し、ヴェロニカの手を取るとたった今上ったばかりの階段を下りるべく踵を返すが、歩き出す前に呼び止められてしまった。
「あれ? アークくん?」
目敏いのか鼻が効くのか制服を着た者がひしめく廊下にて一際輝く黄金の髪を持つ少年を見つけたアレイスターは軽い足取りで近付くと片膝を付いて目線を合わせた。
「やはりアークくんには金髪の方が似合うね」
「はぁ。どうも……」
引きつり気味な笑顔で返すと蕩ける様な笑顔で「伸ばしたらもっと素敵になるだろうね」などと余計な一言を貰い、言葉の裏に隠された意味を感じ取ったアークは歪な笑顔を固まらせた。
そんなアークを尻目にアレイスターは颯爽と立ち上がると優雅な動作で挨拶をした。
「初めまして。ベルゲル家嫡男、アレイスター・イズ・ベルゲルです。美しい方。お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「ヴェロニカだ」
「素敵なお名前ですね。お名前の響きからすると西の方ですか?」
「さて。どうだろうな」
「秘密ですか? 女性はミステリアスな方が魅力的ですからね」
穏やかに微笑む二人の遣り取りを見て思う。
華やかな容姿と優美で気品漂う貴族的な物腰。変な発言さえしなければアレイスターは女性が思い描く理想の王子そのものなのに、と。
二人が他愛もない会話をしていると階段を上ってくる生徒の中の一人が大声を上げた。
「いたーーーーーーーー!」
文化祭実行委員の腕章を付けた男子生徒は苛立ちを隠す事無く無遠慮に近付くと有無を言わさずにアレイスターの腕を掴んだ。
「何しているんですか? ジャック先輩とドーリーがぶちギレ寸前ですよ!」
「美女との邂逅をじゃまするなんて無粋だね」
「は?」
アレイスターを探す事に意識を集中していた為か周りが見えていなかった男子生徒はそこで始めて他者の存在を認識した。
黄金の髪をした美少年に息を呑み、そしてその隣に立つ人物にたじろぐ。
小柄ではない自分が見上げなくてはいけない程の長身。美人と言って差し支えない整った顔立ち。だが全体に漂う只ならぬ気配に反射的に謝った。
「しっ失礼しました!」
「謝らなくていい。そいつに用があるんだろ?」
「はっはい」
「連れて行け」
「おや。引き止めてはくれないのですか? つれないですね」
「良い男は何を差し置いても仕事を優先するものだ」
そう言われては行かない訳にはいかない。
「次にお会い出来る日を楽しみにしています」
拘束されている腕をそのままにヴェロニカに対しお辞儀をし「またね」とアークにウィンクをすると迎えの実行委員に連れられるようにしてその場を後にした。
アレイスターの姿が無くなりメイド喫茶へと目を向けると先程アレイスターと揉めていたメイドが二人に手を振った。
誘われるまま近付くとメイドは目を爛々と輝かせ興奮気味にアークの手を取った。
「アーク・エス・ノエル様ですよね? 剣・魔術師学校交流試合でお姿を見て、ファンになりました! お会い出来て光栄です!」
握られた手が勢い良く上下に振られる。
「あ、有難う御座います」
「迷惑客も撃退して下さって有難う御座います!」
「いえ、私達は何も……」
「これ、うちの割引券とドリンクサービス券とお土産無料券です。良かったら使って下さい!」
メイドは券を渡すと「お二人様ご案内」と声高々に叫んだ。
するとスライド式扉が勢い良く開いた。
アークが一歩足を踏み入れると出迎えの為に入り口で待機しているメイドが満面の笑顔でお辞儀をした。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
赤と白を基調として飾られた教室に可愛らしい声が響くと教室内のメイド全員が入り口へと向き直る。
お帰りなさいませ――そう言いかけてほぼ全員が一斉に口ごもった。
「アーク様だわ」
「アーク様よ」
「アーク様ですわ」
教室内がざわつき、次の瞬間手が空いている者から接客にあたっている者までもが一気にアークへと群がった。
「お帰りなさいませ。ご主人様!」
「メイドのご指名はありますか!」
「好みのメイドがいましたら番号を言って下さい!」
「私なんていかがでしょう?」
「いえ、私を指名して下さい!」
獰猛な肉食獣の如く目を血走らせ詰め寄るメイド達にたじろいでいると頭上から声が割って入った。
「すまないなお嬢さん方。メイドの指名は決まっているんだ」
アークにばかり気を取られていたメイド達は後から入ってきた圧倒的な存在感を放つヴェロニカの姿に感嘆の吐息を漏らした。
「あの銀色のメイドを頼む」
ヴェロニカの指差す先には二人の事など視界にも入れず、胸まである長い白銀の髪を垂らした美少女(正しくは美少年)メイドが黙々と与えられた仕事を遂行していた。
アークに群がったメイド達は銀色と言われた時点で戦意を失ったらしく、項垂れた。
「イグルか……」
「イグルくんじゃ仕方ないよね」
「イグルん激カワだしね……」
溜息と共にそんな諦めの言葉を零し、メイド達は元の仕事へと戻って行った。
「おやおや。いくら意気消沈したからって大事なご主人様とお嬢様をほっぽらかしちゃ駄目だよね?」
ヴェロニカの後ろからひょっこり現れたピンク色のツインテール頭のメイドに思わずその名を呼んでしまった。
「ミルフィー先輩」
「おやおや。剣術師学校のキラキラ王子くんが私の名前を知っていてくれたなんて嬉し恥ずかしいね? 何で知っているの?」
先日助けて頂いたからだとは言えず、アークが笑って誤魔化すとその笑いに何かを感じ取ったのか深くは突っ込まず「まぁ、いいか」と流した。
「さてさて。席にご案内するね」
ミルフィーに促され室内を進む。入り口と飲食用のスペースを区切る為の衝立の裏に思いがけない人物の姿を認め、アークは目を見張った。
他の生徒同様黒地に白のレースがたっぷりとあしらわれたメイド服に身を包み、所在なさげに佇むジェリド・ゾッド・シム。
アークの姿を見るや否や怒りと羞恥のない交ぜになった目で威嚇してきた。
見てんじゃねーよ――と。
アークは望まない格好をさせられる辛さが分かる為、いたたまれなさから目を逸らした。
心の中で頑張って下さいと呟きながら……。
案内された窓際の席に座り、ミルフィーに手渡されたメニューに不思議な言葉が記されていた。
『スペシャルメニューご注文のご主人様(お嬢様)に限り萌え責め承ります』
一体何なのだろうかとミルフィーに問う。
「うん。スペシャルメニューを注文してくれた主人様にね、このカードを差し上げちゃいます」
エプロンのポケットからピンク色のカードを出し見せる。
「でね。ご主人様はここに好きな萌え属性や言って欲しいセリフを書いてメイドちゃんに渡す。カードを渡されたメイドちゃんが希望の萌えにあったセリフを言ったり行動をしたりするサービスだね」
「はぁ……」
分かるような分からないような。どのような需要があるのか疑問のあるサービスに首を傾げる。
「百聞は一見にしかずだよね。あっち見てみて」
指し示された方へ目を向けるとメイドは手渡されたピンクのカードを一読するとそれをポケットにしまった。
そして……。
「お兄ちゃんに喜んで欲しくてメリー頑張って作ったんだよ? ね、美味しい?」
背が低く幼顔のメイドがちょっと甘え気味に言うと、客の男は相好を崩しだらしない笑顔で答える。
「うん。美味しいよ! 有難うメリー」
よく分からない遣り取りに脱力感を覚え椅子からずり落ちそうになった。
座りなおし教室内を見渡すとあちらこちらで似たような遣り取りが繰り広げられている。
奥のテーブルでは。
「これ僕のために?」
「勘違いしないでよね。別にあんたのためとかそんなんじゃないんだから」
メイドは不機嫌そうにそっぽを向く。
客に対する態度として大変失礼だが、客は何故か嬉しそうにしている。
斜め向かいのテーブルでは。
「えっとぉ~。ご主人様のご注文のチョコパフェです」
「いや、俺が頼んだのはコーヒー……」
「はぁ~い。あ~んして下さい」
「あ…ん?」
メイドがスプーンで客の口にアイスを運びこんだ次の瞬間客は表情を奇妙に歪め、叫んだ。
「辛っ!!」
注文を間違われ、不味いものを食べさせられたというのに、客に怒る様子は一切ない。やはり嬉しそうだ。
そして隣のテーブルでは白銀の美少年メイドがピンクのカードを一読すると調理場前に設けられているカウンターへ向かい、水の入ったコップを片手に戻ってきた。
作り物のように整った怜悧な顔に表情はなく、客を無視するように目も合わせず、叩きつけるようにしてコップを乱暴に置くと水が跳ね、テーブルと客のズボンを濡らした。
「これを飲んだら帰って下さい」
「あのぉ~」
「話しかけないで下さい。貴方が嫌いです」
「俺、客なんだけど……」
「同じ事を二度言わせないで下さい。迷惑です」
酷い態度と言葉を浴びせられているというのに客の男は顔を赤らめ嬉しそうに身悶えている。
その遣り取りを見て、なるほどと納得した。
ここはアレイスターのように何かを抱えている者が集う場所なのだろう。
とんでもない所に来てしまったのかもしれないと、重い溜息を吐くアークであった。
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