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繭の中-13-

 メイド喫茶を半ば追い出されるようにして退出するとヴェロニカはノエル家の使用人への土産を買うと言い、手当たり次第物色して行った。玄関に辿り着く頃には二人の手は土産物で一杯になり、門へ向かう途中でも土産を追加され両手で持つ箱の上に更に箱が重ねられた。  最終的には五段の塔となった土産物に視界を奪われアークは前方もままならなかった。  門を潜り少しすると馬車の待機所に着き、ヴェロニカの後ろに付いて行くと屋敷を出る前から手配していたのかノエル家の馬車が二人を待っていた。  荷台に土産物を収納し馬車に乗り込むとアークと向かい合うように座った。  術が施され完全防音の車内なら他人に聞かれる恐れがないと判断したヴェロニカは、唐突に言葉を発した。 「朗報だぞ」 「何ですかいきなり?」 「貴様に話を聞いて引っかかりを感じていたんだがな。今日、本人を見て分かった」 「分かったって何がです?」 「あの銀髪。あいつは術師じゃない」 「えっ…?」  魔術師学校に入学するにあたって魔力測定や使用可能な魔術を確認される。  在籍している以上術師である事は間違いないはずだ。  だと言うのに何を言っているのだろうか?  訝しげに見つめるとその視線にヴェロニカは答える。 「あれは暗殺者だ」  一瞬何を言われたのか分からず困惑する。 「何を証拠に……」 「動きを見れば分かる」  確かにイグルの隙のない動きは術師と言うよりも隠密行動を生業とする者に近い気がする。そして気配探知能力は実戦経験のない者のそれではない。  言動を思い起こしてみれば『殺す』事を前提としていた。  ――暗殺者。  埋まらないピースが埋まると同時にある疑念が胸を掠める。  まさかと思いつつ答えを求めるようにヴェロニカを見つめると、微笑が返ってきた。 「あれは違うぞ。火の竜は銀髪の仕業じゃない」 「そう…なんですか?」 「ああ。暗殺者って奴らはターゲットの懐に入り、相手が心を許し隙を見せたところで殺すもんだ。魔術師だらけの所に魔術を放つなんて派手なわりに成功確率の低い真似はしない。念の為、メイド達に銀髪のアリバイを確認してみたが、登校時からメリーという女子生徒一緒だったそうだ」 「時限仕掛けだった可能性はないのでしょうか?」 「不特定多数を狙ったのであればそれもあるが、暗殺者は不特定多数は狙わない。殺すのはターゲットのみだ」  確かに始めて言葉を交わした時にイグルもそんな事を言っていた。 「貴様か黒い兄弟を狙っていたとしたら目視して落とすしかない。だが、他人と共に行動していた銀髪には不可能。無実だ。愉快犯の仕業なら暗殺者である銀髪はやはり無実だ」 「そうですか」  火の竜がイグルの仕業ではない事に胸を撫で下ろす。 「それで、彼が暗殺者である事が朗報なんですか?」 「いや。朗報なのはあれが簡単に手に入る道具《もの》である事だ」 「簡単にって…どういう意味ですか?」  イグルを物扱いするような言葉に不快感を示すが、ヴェロニカはそんなものは無視する。 「まぁ、聞け。私の読みが正しければあれはサトゥー・クの人間だ」  聞き覚えのない名前に眉を寄せる。 「何ですか?」 「ん? そうか、貴様は知らんか。サトゥー・クは暗殺者集団の一つだ。他にもル・トシーとかドル・ガーなどがあるがな」  裏社会の事に関しては全くと言っていいほど情報を持たないアークには、どれも聞き覚えのない名前である。 「彼がそこの人間だと思う根拠は何ですか?」 「そうだな。現在存在する暗殺集団は大きく分けて三つあってな。一つは『暗殺教団ルー・トシー』ここの連中は自らを神の子としている。神の為に生き、神の為に殺し、神の為に死ぬ。そう徹底的に叩き込まれている。縦と横のつながりが強く裏切りは死を意味する。そんな厄介な所の人間だと、ものにするのも難しいが、運良くと言うべきか銀髪はルー・トシーの者ではない」 「何故そう断言出来るのです?」 「ルー・トシーの人間は神の子の証として物心つくと肩甲骨辺りに焼印を押される。さっき銀髪を支える時に確認したが、そんな痕はなかった」  まさかその確認をする為にイグルとジェリドが衝突するように仕向けたのだろうか?  その疑問を肯定するようにヴェロニカは不適に微笑む。 「二つ目の『暗殺者工房ドル・ガー』ここは暗殺者を育てない。連れ去った人間を術式や術具で人間爆弾に作り変え、使うだけだ」  何でもない事のようにヴェロニカは言うが、非人道的な集団に対しアークは顔を顰める。 「三つ目は『暗殺者一族サトゥー・ク』ここは暗殺者を徹底的に道具として鍛え上げる。銀髪の身のこなしや言動から言って十中八九ここの人間だろう」 「仮に、イグルがサトゥー・クの人間だとして、何故簡単に手に入る事になるんですか?」 「サトゥー・クは少し特殊でな。横の繋がりが一切ない。あるのは主と道具の絶対服従関係のみ。サトゥー・クに属しているからと言って道具同士の仲間意識はない」 「よく分かりませんが……」 「そうだな。簡単に説明すると銀髪の世界には自分と主。そして殺すべき対象しか居ない。道具よりも主が先に死ぬ事は想定されていないが、もしも主が先に死んだ場合は新たな主が現れ自分と契約を結ぶのを待つか、或いは自決すると聞いた事がある」  ――つまり……。 「銀髪の主を殺して貴様が挿《す》げ替われば簡単に手に入る」 「先生。私は……」 「分かっている。人の命を奪うような事はしたくないとか何とか甘ったるい事を言うのだろう? それでだ。朗報その二は現在銀髪に主はいない」 「へっ?」 「サトゥー・クの暗殺者は仕事以外で主の傍を離れない。だと言うのに銀髪は魔術師学校に居る」 「仕事なのでは?」 「仕事だとしたらターゲットの懐に入る為にあの手この手を使うものだが、銀髪は誰か特定の人間に自分から擦り寄ったりしたか?」  擦り寄るどころか誰一人受け入れず、他人を遠ざけるように振舞っていた姿を思い出し首を左右に振る。 「銀髪を拾った奴は正式な主になる前にこの魔術師学校へ放り込んだのだろう。大方、魔術の勉強しろとか学校生活を楽しめとかそんなふざけた事を言ってな」 「駄目なんですか?」 「駄目に決まっている。自分で考える事も出来んアホを野放しにして」 「彼はアホなんかじゃないですよ」 「本当にそう思うか?」 「……はい」  イグルの事を深くは知らない為、若干歯切れの悪い返事にヴェロニカは鼻を鳴らす。 「先程銀髪にリクエストした萌え責めを覚えているか?」  午前中に身に降りかかった衝撃的な事件を思い出し、アークは顔を引き攣らせる事で答える。 「それなりの判断能力があればあんなふざけた要求は実行しない。だが、銀髪は実行した。魔術師になれとあやふやな命令だけを与えられ学校に放り込まれたんだろう。正式ではないにしろ、一応の主から課せられた命令に縋り、学校生活は全て魔術師になる為に必要な事だと信じ、ただひたすら実行している。もしもあの時止める者が居なければ貴様は下の口にも指を食わされていたぞ」 「……あの…先生。その下の口とはなんなのですか?」  アークの恐るべき穢れを知らない質問にヴェロニカは僅かに目を見張った。 「知りたいか?」  正直知りたくない気もする。  だが、身に降りかかろうとしていたものが何であるかをハッキリさせないのも気持ちが悪い。  僅かな好奇心と知る義務を胸に硬く頷く。 「……はい」 「なら教えてやる。下の口というのはな……」  その後に続く言葉にいまいち理解が出来ない様子のアークに、男同士の営みで使用するその場所について懇切丁寧に説明した。  自分の身に何が起ころうとしていたのかを知り、アークは羞恥と怒りから顔を赤く染め、頭を抱えた。  ――聞かなければ良かった。  馬車に揺られ、屋敷に着くまでの残り数十分を後悔の溜息で過ごした。

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