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繭の中-14-
屋敷に着くと玄関で待っていた使用人に土産があると伝えると、屋敷中の使用人が仕事の手を休め玄関へ集まってきた。
ヴェロニカの選んだ土産はどれも魔力を持たずとも使用可能なものだったので皆目を輝かせた。
アークは土産の分配を最年長の執事に任せ、ヴェロニカと二人のメイドを伴って私室に戻ると、何時もは赤毛のメイドに占領されている大型のソファに身体よりも精神的な疲れを感じ、倒れるようにして座り込む。
目を瞑り息を吐いているアークの顔に影が落ち、瞼を開けると正面に仁王立ちするヴェロニカの姿があった。
「アーク手を出せ」
「なんですか突然」
「いいから出せ」
嫌な予感しかしない。
だが、言う通りにしなければ力ずくで言う事を聞かされるのは火を見るよりも明らかな為、しぶしぶと左手を出すと、ヴェロニカは紐状の物を巻き付けた。
色とりどりの紐で複雑に編み込まれたそれはヴェロニカが手を離すと結び目が消え、ほんの僅かなゆとりを残し手首から決して外れない腕輪となった。
「なんですか、これ?」
「恋愛成就の呪い……祈りが込められているそうだ」
「今、呪いって言いましたよね!?」
「願いが叶う時に切れるらしい」
「なっ、ちょっ…外して下さい!」
土産物を購入する際、ついでに買ったらしいそれはいくら引っ張ろうとも外れる気配がない。
「為《な》せば成る」
「何を勝手な事を言っているんですか!?」
強硬手段として歯を立て、ペーパーナイフを当ててみるが傷一つ付かない。
恋愛成就しない限り外れないと言うなら一生このまま呪いの腕輪をして過ごす事になるかもしれない。
そんな事は冗談ではないと憤るが、ヴェロニカに一蹴される。
「頑張ってものにしろ。力ずくで行けば簡単に手に入る相手だ」
ヴェロニカの言葉にジェーンとリリンは「無理矢理……ロマンですわね」とうっとりするが、呪いと格闘中のアークはそれらの言葉を無視した。
一晩頑張ってはみたものの、呪いの術式に関して基本知識しか持ち合わせていないアークに解除は不可能であった。
自身で解除する事を諦め、製作者本人であれば何とかなるだろうと魔術師学校を訊ねる事を決めるが、今日と明日は一般客も入場可能になる為、混雑は免れない。
通常通り剣術師学校へ登校し客が引ける終了間際に訊ねる事に決めると、屋敷を何時も通りに出た。
馬車に揺られ見慣れた景色を眺めていると見知った後姿を認めた。
二人を追い越して直ぐに馬車を止めさせ、扉を開く。
「おはようラグナ。ログ」
黒い髪と瞳が印象的な友人は人好きする柔らかい笑顔で挨拶を返してくれたが、隣に佇む弟には不機嫌な表情と無言を返された。
「良かったら乗っていかないか?」
「いいのかい?」
「一人だと退屈でね。話し相手になってくれると嬉しい」
「そう言う事なら」
ラグナは「失礼します」と断り馬車に乗り込むとアークの正面の席に座った。続いて乗車すると思われたログに動く気配いがない為、二人は窺うように見た。
「ログ?」
兄のラグナが呼びかけるとログは重い口を開いた。
「俺は歩いて行く」
そう断り、アークを疎ましそうに見ると筋肉強化の術式を発動させ飛ぶようにして去っていった。
全く姿が見えなくなった為同車を諦める。
扉を閉じ再び馬車を走らせると直ぐにラグナが謝罪を口にした。
「弟の態度を許して欲しい」
嫌われている事は残念だと思うが、怒りを感じてはいない事を告げる。ラグナは安堵の息を漏らした。
「それにしても私は彼に嫌われる事をしたのかな?」
昨日初めて会った相手に嫌われる覚えの無いアークは心底不思議に思い、腕組みをし天を仰いだ。
「君は何もしていないよ」
馬車の天井から友人へ視線を戻すとラグナは理由を語った。
「私達がこちらの学校へ編入する事になった原因が十貴族だったから、同じ十貴族の君を毛嫌いしているんだ」
なるほどと頷く。
「それにしても学校から追い出すなんて……一体何をしたんだ? 瀕死の重傷にでもしたのか?」
「いや」
「じゃあ何を?」
「この容姿のせいかな……」
「は?」
意味が分からず言葉の真意を探るように見ていると黒髪の友人は悪戯っぽく笑った。
「君は私達兄弟の噂を知らないんだね」
「噂?」
何の事だと首を傾げると、ラグナは視線を落とした。
言いよどむ姿に言い辛い内容なのだと察し、無理に話す必要はないと断るが、ラグナは首を左右に振った。
「いずれ誰かの口から伝えられるのなら、今私の口から話したい。耳汚しな話だが、聞いてもらってもいいかな?」
アークは居住まいを正し頷く。
「私達の七代前の当主は勇者に選ばれてね。当主と奥さんそして長男は見事な黄金の髪に碧眼の家族だった。だが当主が魔王に挑み敗れた直後に生まれた次男は黒髪に黒い瞳の子供だった。家族の誰にも似ていないその子供を見た者達は皆口を揃えて『魔王の呪い』だと言い、子供を処分してしまったそうだ」
「そんな…突然先祖返りなだけだったんじゃ……」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。ただ人は醜聞を好むものだからね。事実はどうでもいいんだよ」
「それで君達の容姿を疎む者がいるのか」
「私達のは母方の祖父か黒髪に黒い瞳をしているからね。ただの隔世遺伝だと思う」
「それを説明すれば皆分かってくれるんじゃないか?」
「無駄だよ」
「何故」
「一度廃棄汚染された毒の川が浄化され問題ないと言われても不安が残り、川の水に口付ける事が出来ないのと一緒だ」
力なく笑うラグナの隣の席に移動するとそっと手を握った。
驚くラグナにアークは力強く頷く。
「君達兄弟から禍々しいものは一切感じない。毒なんかありはしない」
アークの真摯な眼差しと言葉に黒曜の瞳は揺れる。
心無い誹謗中傷に晒され不当な扱いを受け続けた事でひび割れた心は、乾いた大地が水を吸い込むようにしてアークの言葉を吸い込んだ。
常に重く陰鬱だった気分が軽くなり、僅かに目頭が熱くなった。
「君に聞いてもらって良かった。君と言葉を交わすと魂が浄化される気がするよ」
はにかむようにラグナが言うと、大げさだとアークは笑った。
剣術師学校へ着きラグナと共に校舎に入るものの、隣で文化祭が行われている為か生徒の姿は疎らだった。
職員室へ出席を届けるとそのまま体育館へ向かい、ラグナと手合わせを始めた。
暫くすると昨日のメイド喫茶での出来事を耳に挟んだクラスの友人が現れ、面白半分に聞かれた。
連れの悪ふざけだと必死に説明するが、品行方正で隙のないアークが始めて見せた隙を見逃せる訳もなくしつこくからかわれ仕方なくアークは剣術の鍛錬と言う名の力技で黙らせるが、別の友人が現れては同じようにからかわれ、弁明を試みるものの徒労と終わり、結局力技で黙らせる。その繰り返しだった。
遅い昼食を取る為、ラグナと共に食堂に向かうがそこでも高等部の人間にからかわれ、重い溜息を吐くアークに同情してかラグナにプリンを奢って貰った。
友人の心遣いに癒されつつ気を取り直し午後は座学に当てる為に自習室へ向かうが、そこでも複数の女子生徒に囲まれ昨日の件についてあれこれと詮索され続け、心身ともに疲弊して行った。
男子と違い中々放してくれない女子達から逃げるように自習室を出ると滅多に人が来ない視聴覚室に逃げ込んだ。
疲労困憊《ひろうこんぱい》し、机に突っ伏すアークを心配しラグナは覗き込んだ。
「大丈夫?」
「う…ん。最近鍛えられているから多分大丈夫。…だと思う」
消え入りそうな声で呟かれた歯切れの悪い返事に疲労の度合いを見たラグナはそっと結界の術式を発動させた。
心を軽くして貰ったせめてものお礼として、ほんの一時でも煩わしいものからアークを隔離して上げたくて……。
あちら側とこちら側に仕切られた物音一つしない結界内でアークは何時の間にか眠り付き、数時間が経過した。
微かな気配の動きに瞼を開くとラグナと目が合った。
「良かった。今起こそうと思っていたんだ」
慌てて時計を確認するとすっかり下校時刻となっていた。
「すまない」
「疲れていたんだね」
気恥ずかしさを誤魔化そうとアークは笑った。
「私はこの後街へ買出しに行くんだけど、君はどうする?」
「私は魔術師学校にちょっと用があるんだ」
「そうか」
弟を迎えに行くラグナとは視聴覚室で別れ、アークは一人玄関へと歩いて行く。
からかいと質問攻めに遭い疲れはしたが何もない一日だった。
後は呪いの腕輪を外せば終わりだと、気持ち足早に迎えの馬車が待つ待機所へと向かった。
所用があるのでもう暫くこの場で待機して欲しいと伝える為、ノエル家の馬車を確認し駆け寄るが、辿り着く前に頭上から自分を呼ぶ声に気付き、足を止めた。
見上げると遥か上空を杖に跨り飛行する魔術師学校の生徒が二人、必死の形相でアークを呼んでいた。
下降と言うより落下に近いかたちで地上に降り立った二人はアークに詰め寄った。
「アーク・エス・ノエル。頼む、助けてくれ!」
見れば二人はジェリドの取り巻き達だった。
二人の様子にジェリドの身に何か遭ったのではと危惧するが、二人の口から告げられたのは全く別の名前だった。
「イグルがヤバイんだ!」
「彼がどうしたんですか?」
「助けてくれ……あいつヤバイんだ」
「落ち着け! 彼がどうしたと言うんだ!」
要領を得ない二人の言葉に怒鳴り気味に問いただすと、二人は微かに身体を震わせた。
僅かに冷静さを取り戻したのか、早かった呼吸を整えると事態を端的に伝えた。
「イグルが……連れ去られた」
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