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繭の中-18-*※

 高位の剣術師一人から逃げるだけでも難しいが、相手が二人。しかも人質を取られては成す術は無い。  アークは投降の意思を示す為に発動させていた筋肉強化の術式を解いた。  すると地に縫い付けた傷の男が追いついてきた。 「なんだ、もう終わり? つまんねーの」  興醒めだと言わんばかりに大きな溜息を付く。 「じゃあ、行くか」  傷の男は膝でアークの尻を小突き歩みを促す。ジェリドを抱えた巨漢の男の後ろに付いて屋敷に入ると、先程執事によって案内された部屋にソディンガルは居た。 「一体何事だ?」 「友を救出すべくガキが二匹潜り込んだようだ」  ジェリドを抱えた男が報告するとソディンガルは顔を顰めた。 「それで、銀髪はどうした?」  大振りな肘掛け椅子に座り苛立たしげに問うと、傷の男は悪びれも無く「逃げられちゃいました」と軽い調子で返した。 「役立たずが!」  ソディンガルは手にしていたコーヒーカップを投げつけるが、剣術師である傷の男に当たるはずも無く余裕でかわされた。たるんだ頬を震わせ怒りの形相で睨み付けたが、傷の男は軽薄な笑みを浮かべただけだった。  ソディンガルは忌々しそうに鼻を鳴らし、のっそりと肥え太った巨体を動かし部屋の中で一番の巨体を誇る剣術師に近寄ると男が抱えるジェリドの頭を乱暴に鷲掴み顔を持ち上げ容姿の程を確認し、続いてアークへと視線を向ける。 「まぁいい。今日のところはこいつ等で楽しむとしよう」  好色な笑みを浮かべるソディンガルを前にアークは迷う。  名を明かすべきか否を。  名を名乗れば十貴族同士の戦いとなる可能性が高い。そうなればどれほど多くの血が流れる事になるか分からない。  それだけは避けねばと思うが、このままではソディンガルに嬲り者にされてしまう。  どうするべきか判断に迷い、気を失ったままのジェリドを見詰める。 『いいか、何があっても名は名乗るなよ。例え俺が刺されようが斬られようがだ。名を名乗る時はお前自身の身に危険が迫った時だけだ』  作戦を開始するにあたってそうジェリドにきつく確約させられた。もちろんそんな訳にはいかないと食い下がったがジェリドは納得しなかった。 『俺達は魔術師の端くれだけどな戦いの意味も理解しているし覚悟もしている。相手は格上な以上何事もなく出て来れると都合のいい妄想はしてねぇ。いいか、これは俺達の喧嘩なんだよ。作戦が失敗すればヘマした奴が死ぬ。ただそれだけだ。自分の穴《けつ》は自分で拭く。無関係のお前が俺達の命を背負負うなんて考えるんじゃねぇよ』  納得が出来ないなら作戦に参加する事は認められないと言われ不承不承頷いたが、これから行われるであろう非道を考えると心が揺らぐ。  言葉を発しようと口を開くが、名を明かしその後に流れる血の量を考えると喉が引き攣る。  数だけで言えば二人の血が流れるだけで終わるのが一番被害が少なくて済むのだろう。  命まで取られはしない。  屈辱と痛みに耐えられれば大丈夫なのではないかと考える。  だが、自分は兎も角ジェリドが甚振《いたぶ》られる姿を前にして耐えられるだろうか?  いや、無理だ――口を再び開くが、保険として設置してきた術式を思い出し、言葉を辛うじて飲み込む。  最悪の事態を回避すべく最後の望みの綱に縋り付き、アークはキツく口を結んだ。  ソディンガルは手に入れた少年二人の姿が余りにも汚らしい為、湯浴みをさせろと執事に命令するが隙を衝いて逃げられる事を懸念し、術師数人に付き添う事を申し付けた。  ジェリドは気を失ったまま巨漢の男に運ばれ、アークは傷の男に肩を抱かれた状態で浴室へと向かった。  最初に身の清めの為と案内された浴室とは違い優に五十人は入れる程の大浴場に着くと、脱衣所にて身に纏っている物を脱ぐように言われた。  アークが言われた通りに服を脱いでいると、先程雷撃系の術式で作った剣で腹を刺し殴りつけた魔術師が現れた。  アークを苦々しい顔で睨みつけ、露になった肌を確認すると他の術師に首を振って見せた。 「身体自体に術式は施されてはない」 「これは?」  傷の男に持ち上げられたアークの腕にはヴェロニカによって嵌められた色とりどりの紐で複雑に編み込まれた帯状のものがあった。 「これは……」  魔術師は興味深そうにあらゆる角度から腕輪を調べるが直ぐに興味をなくし顔を上げた。 「失敗作だ」 「は?」 「術式が途中で破綻している」 「なにそれ」 「知らん。ただ言える事は身に付けていたとしても発動はしない」 「ふうん」  何かが起きる事を期待しているらしく、傷の男の声には不満の色が滲んでいた。  アーク自身にトラップの類の術式が施されていないと確認が済み浴室内に入れられた。  中では服を脱がされ気を失ったままのジェリドがタイル張りの床に横たわっていた。  執事は意識を取り戻させようとジェリドの頬を軽く叩いていたが、目を開ける気配が無い。焦れた巨漢の剣術師は「退け」と執事を下がらせるとジェリドを蹴り上げ、湯気が立ち上る風呂へと叩き込んだ。  酸素を奪われ強制的に覚醒を促されたジェリドは勢い良く湯から顔を上げた。 「熱っちいなクソ! 何なんだよ!」  何が起こったのか分からず混乱しつつも周りを見渡し状況を理解すると、一糸纏わぬ姿のアークを見て顔を顰める。 「何でお前まで捕まってんだよ!」 「すまない」  項垂れる姿に「クソッ!」と吐き捨て、アークが捕まった原因が先に捕まった自分にあると察したジェリドは怒りに任せて湯に拳を叩き付けた。 「それではソディンガル様が来るまでに二人とも身奇麗にしておきなさい」  執事が言い放つとジェリドは反抗的な目を向けた。 「ふざけんな誰が……」  後の言葉は続けられなかった。  巨漢の男によって頭を掴まれるとそのまま湯に沈められ、手足をバタつかせもがくが男の手が緩む事は無く、息苦しさを現す様に激しさを増す手足の動きに焦りを感じたアークは叫ぶ。 「止めろ!」  駆け寄ろうとするのを傷の男に遮られながら更に叫ぶ。 「頼むから止めてくれ!」  だが湯から引き上げられるどころか更に深く沈められるの様子に堪らず自分を掴まえて放さない手に縋りつく。 「言う事を聞くから。頼む、彼を殺さないでくれ!」  傷の男は酷薄な笑みでアークを見下ろすとすぐさま巨漢の男へと向き直った。 「だとよ。旦那」  巨漢の男はフンと鼻を鳴らし、ジェリドを湯から引き上げた。  止められていた酸素を突如与えられジェリドは激しく咳き込みながら嘔吐《えず》いた。 「あまり手間を取らせるなよ小僧。次に嫌だと言いやがったら今度は金髪を沈めるぞ」  鋭い眼光で睨みつけてはいるが荒い呼吸を繰り返すだけで口答えをしない事を返事と受け取り、頭を掴み乱暴に湯から引きずり出すとそのままタイルの床に転がした。 「早くしろ」  ジェリドは小さく毒の言葉を吐き捨て、不承不承身体を洗い始め、アークもそれに続いた。  全身を洗い終わり、魔術師の風を起こす術式で全身を乾かされるとそれを見計らった様にメイドが浴室に入って来た。 「旦那様がお部屋でお待ちです」  少年二人は裸の状態で両手両足に拘束具が付けられた。  革製のそれは間を鎖で繋いでいる為に手も足も肩幅程にしか開けない。  歩幅を制限され不自由な状態で歩いて行くと、先程とは別の部屋へ通された。  部屋には調度品の類いはなくその代わり妖しげな道具が収まった棚があり、その前にソディンガルと三人の下男。他に先程気絶させ放置してきた髭面の剣術師、長い髪が顔を覆い隠し容貌の程が分からない剣術師が居る。  天井からはフックの付いた鎖が幾つも垂れ下がっており、今からそこに自分達が繋がれるのは想像に易い。  最後の望みである術式が発動するまでどう時間を稼ぐかを考えていると好色な笑みを浮かべソディンガルが近付いて来た。 「ほう、これは中々。どちらから食すか迷うな」  顔を寄せ舐める様にアークとジェリドを交互に見回す。  醜悪な顔を前にアークは顔を背ける。 「やはり金髪はメインディッシュとして取っておくか」  ジェリドの正面に立ち、反抗的な視線を受け止める。  成長過程にある鎖骨を肩から胸に向かって人差し指でて行く。 「金髪に比べればやや劣るが、素材は申し分ない。少年から青年への移行途中の身体がまた堪らんな」 「豚が人の言葉をしゃべるな。胸糞悪い!」  侮蔑の言葉にソディンガルは富を現すだけでしかない大きな宝石が付いた指輪を五指全てに嵌めた左手を振り上げ、平手打ちした。  術師に身を置くものとして暴力とそれによってもたらされる痛みに慣れているジェリドの瞳に恐れは無く、鼻の先で笑うだけだった。 「言葉に気をつけろよ小僧」 「豚が偉そうに……」  再び手が振り上げられ、今度は宝石がある手の甲で殴られた。頬に引っ掻き傷が四本刻まれるが、顔色一つ変えないジェリドに平手打ちが再度見舞われる。  口内を切り口の端から血を滴らせるが、失われない眼光の鋭さにソディンガルは鼻を鳴らした。  身を翻し棚から馬鞭を取り出すと、軽く手に当て業とらしく音を鳴らしながら戻ってきた。  馬鞭の先でジェリドの顎を掬い上げる。 「私は嫌がるのを無理矢理犯すのが好きなんだ。何故か分かるか?」  豚の趣味嗜好なんか知るかと心で吐き捨て、無言のまま睨みつける。 「泣きながら『止めて、許して』と慈悲を乞う姿が堪らんのだ。そしてそれらを無視して壊れるまで犯すのがまたいい」  悪趣味な嗜好に顔を僅かに歪めるとソディンガルは愉快そうに笑った。 「お前も何《いず》れ泣いて慈悲を乞う様になる」 「生憎、豚に下げる頭は持ち合わせてねーよ!」  ヒュンと空気を切り裂く音と共に胸に衝撃が走った。  ジェリドの胸に赤い蚯蚓腫れが浮き上がる。 「何時までその強がりが続くか楽しみだな」  馬鞭を手の中で弄びながら浮かべる下卑た微笑みに吐き気がした。 「まずは後ろの処理だな」  下男に指示しジェリドを四つん這いにさせようとするが、武術の訓練を受けている人間を簡単に組み敷けず手間取っていると焦れたソディンガルは巨漢の剣術師に命じ力ずくでひれ伏させた。  下男達によって腰を高く上げた状態で後孔に軟膏を塗られ、身を硬くしていると楽しそうに問いかけてくる。 「何をそんなに緊張している。魔術師とは魔力供給の為に誰とでも直接身体を繋げられる様に訓練を受けているのだろう?」  そんな訓練は無い。  高位の魔術師になれば身体を直接繋げなくても魔力供給は出来る。  低位の魔術師が魔力供給を行う時は身体を繋げる必要があるがそれは絶体絶命の限られた状況だけだ。  一生のうちにあるか分からない事態に備えて態々練習などしない。 「綺麗な色をしているが、もう何人も銜え込んだのか?」 「テメェーの知った事か!」  剣術師に押さえ付けられ顔が横向きで固定されているジェリドを覗き込む。 「初心者ならこちらの細いものにしてやるが、そうでないならこっちの太い方になるぞ」  先程アークが髭面の男に手渡された所々に括《くび》れを持った棒状の術具と同じ物と、それより一回り太い術具が突きつけられる。 「お前の穴《あな》の大きさに合わせてやるぞ」  相手を痛めつける事で快感を得るような男だ。どう答えようが太い方を捻じ込まれる事を覚悟し、吼える。 「くたばれ!」 「そうか」  ソディンガルは醜悪な笑みを浮かべ手にしていた細い術具をジェリドの顔の側に落とすと、そのまま後ろへ回り込み手に残した術具の先端を後孔にあてがった。  硬く閉じたソコを強引に押し開き、無機質な物が進入する気持ち悪さを歯を食い縛り耐える。  無理矢理捻じ込むつもりであったがあまりの硬さに入りかけた先端を引き戻し、慣らす様に先端を出し入れし嬲る。  徐々に解れ、先端がずぶりと沈む感触にソディンガルは一気に術具を根元まで捻じ込んだ。 「――ヒッ、グァッ……!」  身を引き裂かれるような痛みに引き攣った悲鳴を漏らす。  震える身体と滲み出る汗をそのままに、排泄器官に異物を挿入された屈辱と痛みを怒りで耐えていると術具を固定する為に専用の帯を腰に装着させると金具で留められた。  直腸内の洗浄が終わるまで大人しくしていろと天井から垂れ下がった鎖のフックに手の拘束具を固定される。  辛うじて爪先立ちの状態で吊るされている姿を満足そうに眺めると、ソディンガルは次にアークを見た。 「次はお前の番だな」

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