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繭の中-32-

「盛り上がっているところ悪いが、お前等ここから出る手立てはあるのか?」  呆れ顔で訊ねるジャックに対しジェリドとイグルは無言のまま顔を見合わせる。  どうしたものかと。 「どこかに秘密の抜け穴とか……」 「あるけど防御壁で塞がれてるよ」 「先輩は転移の術式とか使えねぇの?」 「んなもん第一位以外に使えると思うな!」 「だよな……」  手錠を外す以前の問題だとジェリドは溜息を吐く。 「教師を探し、魔力を与えれば転移は可能でしょうか?」  イグルの質問にジャックは一瞬考え、そして。 「転移の術式を発動させるのは可能だろうけど、発動させてくれないんじゃないか?」 「何故です?」 「この状況で目覚めた教師が少数の生徒を逃がす為に転移の術式なんて魔力消耗の激しいもんを発動させる訳ねーて。全生徒を守る為にって他の事に魔力使うだろうよ」 「だとしたら、こちらの要求に従う様にすれば問題ありません」  イグルから不穏な空気を感じだジェリドは手錠の嵌った手を引き、イグルを自分の方へ向かせると一睨みする。 「駄目だからな」 「まだ何も言っていません」 「聞かなくてもお前がろくでもない事を考えている事くらい分かるんだよ」 「不条理です」 「この世は不条理で出来てるんだよ。諦めろ」  静かに睨み合う二人を見て一人蚊帳の外のジャックはその場に横たわり頬杖を付く。 「お前等ラブラブでいいなぁ~。一人身の俺には目の毒だぜ」 「ラブラブじゃねーし!」  ムキになって否定するジェリドと、どうでもいいと言わんばかりに冷めた表情でいるイグル。  正反対の二人を面白く思いながらキキキっと笑う。 「いいなぁ。俺も相棒がいたらもう少しテンション上がるのになぁ……」  そう零しながら薄ら笑いを浮かべていた顔が徐々に真顔へと変わる。ジャックは慌てて横たえていた身体を起こすと、立ち上がった。 「おい、お前等。生徒会室に行くぞ!」 「何だよ急に」 「いいから乗れ!」  三人が乗れるように長さを伸ばした杖に跨り自分の後部をポンポンと叩く。 「グズグズすんな!」  急かされ、分けが分からないままジェリドが杖に跨るとイグルもそれに続いた。 「化け物に見つからないように迂回する。その分スピードを上げるから振り落とされるなよ」  そう断ると返事を聞く事もせずに三人乗りの杖は急発進した。  未だ動く気配のない影だが何がきっかけとなって攻撃に出るか分からない為、校庭を突っ切る事をせずに校庭を回り込むように森の中を猛スピードで飛び抜けて行く。  ジャックの背中に遮られ前方は見えず、他人のタイミングで飛ぶ飛行術は中々に恐ろしい。最初は杖を握っていたジェリドだったが、慌ててジャックの腰にしがみ付いた。  ジャックの僅かな筋肉の動きを頼りにバランスを保ち、右へ左へと呼吸を合わせる。  乱雑に立ち並ぶ木々を必要最小限の動きでかわして行く為、枝葉が頬を掠めるが、そんな事はお構い無しに杖は突き進んで行く。  小川を越え森を抜けると先程抜け出した校舎が眼前に迫るが杖の速度は緩まない。  激突の恐怖からジャックに回していた手に力が篭る。 「おい!」  ジェリドが声をかけるのと同時にジャックが鋼鉄の術式で小さな弾を飛ばし、東塔校舎の窓ガラスを割った。 「全員対ショック姿勢!」  それはどんな姿勢だとジェリドは心で叫び、衝撃に備える。  窓から校内に侵入した杖は先頭を軸に半回転し壁にぶつかるのを三人は膝の屈伸で力を逃がし一瞬着地するが、直ぐにそのまま杖は廊下を突っ走る。生徒会室を目指して――。  障害物のない廊下を進み続け、西塔の一番奥の扉の前で杖で急遽止まると、Gの影響でイグルはジェリドに勢い良くぶつかり、ジェリドはイグルとジャックに挟まれ呻く。  そして、押し出されるようにして三人は杖からずり落ちた。 「あ痛たっ! お前等、生徒会室が見えたら止まるって分かってるんだからよ。ちゃんと備えとけよ」 「無茶言うな!」  やれやれと頭を掻きながらジャックは生徒会室の扉を勢い良く開いた。 「おーい。ドーリー生きてるか?」  室内に呼びかけると窓際に佇む人影が振り向く。 「そんなデカイ声で呼ばなくても聞こえるよ、ジャック」  そうぼやいたのは艶のない灰色の髪に生気の乏しい翠の目。常に顔色が悪い生徒会役員のドーリーであった。ジャック同様魔術師学校の困った生徒会長を連行している姿をちょくちょく見かけていた為、ジェリドもイグルも顔と名前は知っている。  ドーリーは中等部の制服を着た二人を一瞥すると直ぐにジャックへと視線を戻した。 「お前、放課後は術具制作でわけ分からない物に囲まれているからもしかしたら、収奪の術式を回避出来たかも知れないって思ったけど、当たってて良かったぜ」 「起きたら妙な術式が発動してて、どうしたものかと思案していたら君が力技で排除して、あれだろう? もう何て言うか、溜息しか出て来ないよね」 「ただ見ていただけの奴がごちゃごちゃ言うな!」 「見ていたんじゃないよ。考えていたんだ、どう動くのが最善か」 「へーそれでいい案浮かんだか?」 「浮かぶ前に君がバカをやったんだ」  人をバカにしたような苦笑にジャックは額に青筋を立てる。 「悪かったなバカで! つーかこの状況を一番ビビってるの俺だからな!」  妙な主張にドーリーは口角を上げ、見るものによっては不気味に見える微笑を浮かべた。 「まぁ、そうだろうね。君は後先考えずやらかして、後で反省するタイプだからね」 「冷静に分析とか止めろ!」 「まぁ、君の行動は最善ではないが、最悪でも無いよ。とりあえず校舎内の人間は生きてはいる。大丈夫」 「そっ、そうか?……」 「大丈夫と言っても最悪でないだけで状況は悪いんだけどね」 「お前な、上げるか落とすかどっちかにしろよ!」 「どちらかに決めるには難しい状況だよ」  やれやれと言わんばかりに肩を竦めて見せると、フンと鼻を鳴らしジャックは近くの椅子に腰を落とした。 「それでそっちの二人は仲良く保健室にいて助かったのかな?」 「ああ。よく分かったな」 「君が保健室の留守を預かっていた事を考えれば容易に想像が付く。あそこには『らくちん寝』二号機もあるしね。僕もそれに寝ていたから助かったんだ」  ジェリドとイグルは指差された方へ目を向けると、保健室で自分達が寝ていたベッドより一回り細いが、形状の良く似たベッドが置かれていた。 「流石は僕が作った術具だね。他の術式の影響を受けないなんて。これがどれ程素晴らしい事か説明するとだね……」  疲労感たっぷりの目を輝かせ語り出すドーリーに対し、ジェリドはわざとらしい大きな咳払いを何度かする事でそれを止めた。 「あのさ。盛り上がっているところ悪いけど、俺等とっとと外に出たいんだ」 「外に……?」 「ああ、そうだった。お前の作った術具でこいつ等を外に出す事って出来ねーか?」 「それは助けを呼びに行かせるって事? そんな事しなくもこんな異常事態を剣術師学校の人間が気付かない訳がない」 「そう言うんじゃなくてよ。こいつ等だけでも逃がしてやりたいんだよ」 「この二人を? そうするメリットは?」 「ねーよ」 「なら……」 「命の恩人なんだ。こいつ等が助けてくれなかったら俺は保健室でくたばってたかもしれない。だからさこいつ等が外に出たいって言うなら出してやりたいんだよ」 「ああ、そう言う事。なら仕方ないね。ちょっと待っていてくれ」  そう断るとドーリーは室内に設けられた生徒会準備室の扉の向こうへ消えた。  扉が閉じて直ぐに重量感のある落下音。立て続けに物がぶつかる音が鳴り響き、ジェリドはジャックを見上げた。 「手伝わなくていいのか?」 「準備室はドーリーの試作品でカオスだからな。下手に触ると大変なんだよ」  どう大変なのかといぶかしんでいると破裂音やバケツをひっくり返したような水の音が聞こえ、そしてやっと扉から姿を表したドーリーは何に塗《まみ》れたのか、全身から緑色の水滴を滴らせていた。 「待たせたね。転移を始めようか?」 「大丈夫なのか、あの人?」 「平気平気。術具を作る腕だけはピカイチだからよ」  ジャックは背中を押して二人を準備室に向かわせる。  重い足取りで準備室に入れば、生徒会室の三倍はある広さに所狭しと用途の知れない術具が収納されていた。  部屋の中央まで進むと術式が刻まれたシートとそれを囲むように四方に五十センチ程の四角い柱の様な物が立っていた。 「この中に入って」  ドーリーに促されるままジェリドが入るとイグルも後に続いた。 「これは試作品でね。これは毎日魔力を蓄える事で一位以下の魔術師にでも転移術を可能にする術具でね。一度使うと魔力を蓄えなくてはいけないのでそこが改良点なんだ。それに何処にでも転移できる訳じゃない。今現在は転移先は学校の側にある馬車の待機所に固定されている。それ以外は無理だと分かっておいてくれよ」 「出れたら何でもいい。早くしてくれ」 「うん。試験運転は十度行い十度とも成功した。けど十一度目も成功する保証はないけど使うかい?」 「勿論です」  答えたのはイグルだった。 「うん。この術具で二人同時に転移するのは今回が初めてとなる。問題はないだろうが、二人ともお互いを強く掴んで」  ジェリドもイグルも抱き合う様にして密着する。 「うん。それでいいよ」  ドーリーが術式を紡ぎ出すと四方の柱が光り出すと、幾重にも複雑に紡がれた術式がシートの中の二人を包んでいく。 「また生きて会おうぜ」  ジャックが手を振ったのを最後に二人の視界は揺らぎ、真っ白になった。  浮遊感の後突き落とされるような感覚に身構えていると、何時の間にか見知った風景の中にいた。  荒々しい転移の術式に吐き気を感じながらも辺りを見回すと、そこは学校側に設けられている馬車の待機所だった。 「イグル、動けるか?」 「私は問題ありません」  状況確認の為にもう一度辺りを見回すと、二人は荷台一杯に荷物が括りつけられ、ノエル家の紋章の入った馬車に気付き駆け寄った。  馬車で待機している業者にアークの居場所を尋ねるが、魔術師学校の生徒と一緒に何処かへ駆けて行ったとしか聞き出せなかったが、状況から言って魔術師学校に突如現れた防御壁を見て応援を呼びに剣術師学校へ向かったに違いなかった。 「剣術師学校も緊急事態に混乱してんだろう。適当に探しに行って、行き違いになったら不味いから伝書飛ばすな」  ジェリドは馬車の中に落ちている金色の髪を一本拾うとそれを使って伝書の術式を紡いだ。  術式は白い光りとなり、そして鳥の形となって空高く舞い上がる。  伝書の術式を追って行けば間違いなくアークのところに辿り着く。  何時でも後を追えるように杖にイグルと共に跨り待ち構えるが、伝書鳥は空を旋回するだけで飛んで行こうとはしない。  初歩的な術式を失敗するとは思えなかったが、今使用している魔力はイグルの物である。その影響かも知れないと、代わりにイグルに伝書の術式を紡がせる。  だが、イグルが紡いだ伝書鳥も頭上を旋回するだけだった。 「どういう事でしょうか?」  イグルの質問に伝書鳥が旋回する原因を記憶にある限り思い出し、告げる。 「居ないんだ……」  ジェリドを見詰める感情のない紫水晶《アメジスト》の瞳に影が落ちる。 「アークがこの国に居ないんだ」

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