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繭の中-45-
「私の素となった男は魔法使いだ。使われた魔力核には男の魔法の知識が刻まれていている上に、私達は千年以上も稼動しているんだ。生まれて数十年のひよっこになど負けはしない」
それはそうかもしれないが、限度というものがあるのではないかと思う。
いや、あるはずだ。
有るべきだという思いが顔に表れていたのだろう。
ヴェロニカは「負けるとすれば好みの相手に出会った時だけだ」と冗談めかして言った。
負ける。
ヴェロニカには似つかわしくない言葉にアークは眉根を寄せると、ヴェロニカは微笑んだ。
「六番目が貴様と出会ったようにな」
「何を……言っているんですか」
「貴様は自分が死んだ実感はないのか?」
問われ、最後の記憶を手繰り寄せる。
戦場にいたのが夢でないなら……。
動けないジェリドを助けようと、荒れ狂う触手に立ち向かい。そして――。
胸を貫かれた。
そこまでを思い出し、アークは服の上から胸に触れるが痛みどころか、傷痕の一つなかった。
「オリジナルだった男は自分を犠牲にして世界平和を実現させようとする馬鹿だ。だからなんだろうな、同じような馬鹿を放っておけないように出来ているらしい」
「助けて下さったのですか?」
「六番目がな」
それで疲れて寝ているのだろうかと、椅子で眠るヴェロニカを見る。
「貴様の魔力核も臓器も破壊されていたからな。修復再生するのに六番目《そいつ》は自身の魔力核を全部使ったんだ」
「全部って……」
先程ヴェロニカは魔力核を原動力としていると言っていた。
だとしたら、それを失った時、ヴェロニカはどうなるのか。
嫌な予感に慌ててアークは起き上がり、力の入らない身体を引き摺るようにして椅子に座っているヴェロニカに側寄る。
「先生……?」
腕を掴み揺さぶり起こそうとするが、何の反応もない。
「先生!」
強く揺さぶるが、目を開けるどころかヴェロニカの身体は力なく傾いた。
椅子から落ちかけたところをもう一人のヴェロニカが支える。
「無駄だ。六番目は活動停止している。貴様から魔力核を返されるまでは六番目《そいつ》はただの物だ」
「そんな……今直ぐ返して下さい!」
「馬鹿か貴様は。弱者に選択の権利が有ると思っているのか?」
呆れ顔で言われ、アークは言葉に詰まった。
「いいか。六番目が貴様を生かすと決めたんだ。否を唱える権利は誰にもない。貴様は黙って残りの数十年を生きろ」
「で、ですが……」
「いいか。私達にとって貴様らの一生など瞬く間の時間だ。たいした事じゃない」
「だとしても、たった十三人しかいない調停者が一人欠けたら大変じゃないですか!」
「そこは気にしなくていい。私達の調停者としての役目はほぼ終わっているからな」
「え?」
「だから他の人形達も好みの相手を見つけてはお節介を焼き、時には命とも言える魔力核を預けては回収するを繰り返している」
微笑むヴェロニカにどう答えていいか分からなかった。
先生の命とも言える魔力核を預る資格が自分にあるのか。
先生の期待に答えられるか、自信がなかった。
そんなアークの思考を見透かしてかヴェロニカはアークの額を中指で弾いた。
「難しく考えるな。六番目はただ貴様に生きて欲しいだけだ。常に人の為に自分を犠牲にする馬鹿な貴様に寿命を全《まっと》うするチャンスをやりたいだけだ」
「私は……先生の魔力核を預るに足りる人間でしょうか?」
「六番目が見込みのない人間に命を預けるアホだと思うのか?」
「いえ……」
「ならそれが答えだ」
「……はい」
「いいか、アーク。貴様が強くなろうが弱いままだろうが、関係ない。六番目は何も望まないし期待もしない」
ヴェロニカの言葉にアークは俯いた顔を上げた。
「これから大なり小なり選択を迫られるだろう。だが、どう生きるかは貴様が決めろ。六番目を理由にするな」
何かを選ぶ時、諦める時の言い訳にする事は許さないという厳しい言葉にアークは表情を引き締め――。
「はい」
力強く頷いた。
「よし」
先生と同じ笑みと力強い手に撫でられ、目頭が熱くなり、再び俯いた。
「一つ残念なお知らせだ。私達の魔力核に刻まれた術式は魔法使いが独自に作り上げたもので基本的に貴様等一般術師のとでは全く違うからな、魔力核を修復する際に貴様のを消し、修復後に六番目のも消した。意味は分かるな?」
「私は今、術式が使えないと言う事ですか?」
「そうだ。また一から覚え直さなきゃいけない」
血の滲む努力を持って得た術式が全て消えたと知りショックを受けるが、一度は死んだ身なのだから一からやり直すのは当たり前なのだと己を納得させた。
「一度覚えたものだ、以前より早く覚えられるだろう。地道に頑張れよ」
「はい」
「貴様は皆が幸せで傷付かなければいいと思っているみたいだが、そんな世界は有り得ない。人が人である限りそんな世界は存在しないぞ」
「それは…分かっています」
「どうだかな」
「ただ、大切な人や目の前で困っている人がいるなら、少しでも助けになりたいだけです」
「弱者が言うとただの妄想になるぞ」
今回の事で誰よりも己の非力さを痛感したアークには言葉がなかった。
「当時、最強と謳《うた》われた魔法使いでも難しい事だったからな。精々強くなれよ」
そこまで話したところでヴェロニカは視線をアークから外し、バルコニーへと向けた。
釣られるようにアークも視線をそちらへ向けると程なくしてフードを被った赤い外套の人物が音もなく入って来た。
フードから覗く顔はヴェロニカと全く同じである。
だが、先生や目の前のヴェロニカを陽とするならバルコニーの人物は重苦しく暗い雰囲気を纏った陰の印象だった。
「悪いな九番目。直ぐに済ませるから六番目を回収して先に行っていてくれ」
そう頼まれ、九番目と呼ばれたヴェロニカは無言のまま椅子に置かれた六番目を担ぎ上げると一瞬だけアークへと視線を向けたが、一言も発する事無くそのままバルコニーから出て行った。
「先生はこれからどうなるんでしょうか?」
「心配はいらん。家に帰るだけだ」
「家に?」
「ああ。二人の魔法使いの隠れ家だった場所だ」
そう聞き温かい場所へ戻るのだと、ほんの僅か安心した。
二人のヴェロニカが出て行ったバルコニーへと視線を向け、物悲しさに浸っていると目の前のヴェロニカに呼ばれた。
「しんみりしているところ悪いが私もそろそろ行くぞ」
「え?」
「屋敷の人間には貴様が自身の足で部屋を出てくるまで部屋に近寄るなと言ってあるからな。部屋から出る時は屋敷中の人間に揉みくちゃにされる覚悟で出ろよ」
悪戯っぽく笑い立ち去ろうとするヴェロニカの腕を慌てて掴む。
「あの、色々と有難うございました」
礼の言葉にヴェロニカは苦笑する。
「今回の事は私達とカーテラスの問題に貴様が巻き込まれたんだ。怒っていいところだぞ」
「だとしても、先生に会えた事は僥倖《ぎょうこう》ですから」
アークの真っ直ぐな瞳にヴェロニカは相好を崩し――。
「本当に貴様は……」
身を屈めベッドに座ったままのアークの額へと口付けを落とした。
「六番目が入れあげた訳が良く分かる」
「ヴェロニカさん……?」
ヴェロニカにキスされるという恐ろしい事態にアークが顔を引き攣らせていると、その顔を面白そうに両手で縦横斜めに引っ張られ弄ばれる。
「ヴェロニカひゃん…やめ…れ……」
存分に表情筋を伸ばされたところで漸く解放され、痛む頬を撫でていると先程まで笑っていたヴェロニカの顔が真剣なものとなっていた。
「アーク。お前がお前である限り理想と現実に打ちのめされる日が来るだろう。
もう、駄目だと。全てを終わらせたいと思ったら、私を呼べ。貴様の中の魔力核を通して私達に祈りは通じる」
「祈りが?」
「そうだ。貴様が望むなら、何時でも殺しに行ってやる」
「殺し…に……」
「ああ。貴様に預けた魔力核を回収しに行かないといけないのもあるが、それよりもその魔力核を持つ者は自ら命を絶つのが難しい。元が魔法使いの魔力核だからな、身体が真っ二つになっても持ち主を生かすほどだ」
「それは心強いです」
「そう思うか?」
「はい。今回みたいに簡単に殺されなくて済むのは有り難いです」
「そうか」
呆れ顔でヴェロニカに乱暴に頭を撫でられながらアークは問う。
「あっ、あの…もしも、今後何処かでヴェロニカさんと会った時は他の方と貴方とを見分ける方法はあるのでしょうか?」
「簡単だ。背中の羽根の枚数を訊け」
「え?」
「四枚。それが私の枚数だ」
製造番号代わりに刻まれた羽根。
四番目に作られたヴェロニカにアークは心からの礼を言い、そして名残惜しいその手を離した。
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