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存在 7話
「また今度連れて行くから」
本心ではない言葉。今度なんて来ない。
その場しのぎの嘘は小さな子供にも直ぐにバレてしまうもので、
「やだあ、今がいいの!今日がいいの!」
普段はぐずらない彼。ぐずる姿をあまり見たことがなかった。
「だから無理だって」
「いや!うそつきい」
yoshiは声を張り上げて泣き出した。眠い時、 子供の泣き声は余計にイライラさせる。
「いい加減にしろ!無理だって言ってるだろ!」
つい、怒鳴ってしまった。
イライラして、 ワガママにぐずる嘉樹にイライラして、 子供なんて要らない。
こんなにイライラするくらいなら作らなきゃ良かったと、 最低な事を思った。
怒鳴った瞬間、yoshiがビクンと身体を震わせ怯えた表情を見せた。
しまった……、瞬時に後悔したけれど口から出た言葉も態度ももう戻せない。
yoshiはあんなに泣いていたのが止まり、ただ目の前の自分を怯えたように見ている。
驚いて、怖くて、 固まってしまったようなyoshi。
こんな風に怯えた子供を知っている。
幼い時の自分。
何か嫌な事があったり、ささいな自分のワガママで怒鳴られたり、殴られた。
怖くて、怖くてたまらなかった幼い自分。
その自分を重なった。
どれだけ怖いか知ってるくせに、目の前の自分の幼い子供に自分の親と同じ事をしている。
もうダメだ、どうしたら良いか分からない。
この後、何をしてあげれば良いか分からない。
あの時の自分と重なって、どうしようもなく怖くなった。
自分もyoshiを殴るんじゃないかと…。本当は側に居てあげるべきだった。
なのに、気づくとyoshiを置いて逃げてしまった。
後から慌てて戻ったけれどyoshiはもう居なかった。
あの後yoshiがどんな気持ちでそこに居て、どうしていたのか分からない。
どれだけ傷つけたか…分からない。
*******
「嘉樹?どうした?」
豊川はぼんやりと立ち尽くす幼いyoshiを見つけて声をかけた。
振り向いた彼は涙で顔がくしゃくしゃだった。
「どうした?怒られちゃったのかな?」
豊川は優しく微笑む。
少し怯えたように見えたyoshiは豊川の笑顔にホッとしたのか、またポロポロと大粒の涙を流す。
「おいで」
両手を広げるとyoshiは泣きながら豊川にしがみついてきた。
よしよし、と頭を撫でてやる。
ぎゅっと服を掴む小さな手は震えていて、泣き声も上げず静かに泣くyoshiに疑問を持った。
こんなに小さな子供が声を殺して泣くなんて信じられなかった。
光一は何やってんだ!と酷く腹立たしく思う。
子供は言葉をそんなに使えない分、泣く事や笑う事で感情を伝えるのに……。
泣くという感情を押し殺す状況ってどんなのだろう?
小さな子供には辛いだろうに。
「よしき、大丈夫だよ。良い子だね」
頭を撫でながらずっと声をかける。
「きら…い」
小さく呟く声。
「よしき?」
頭を撫でながら名前を呼ぶ。
「おとーしゃ……ぼくがきらい」
yoshiは震えながらに言う。
自分を嫌い……、そんな事を思わせてしまうなんて、本当にアイツ!
豊川は強くyoshiを抱きしめて「お父さんは嘉樹が好きだよ。嘉樹はよい子だからね。大丈夫だよ」大丈夫だよ。
大好きだよ。
何度も豊川は繰り返した。
******
豊川はマコト達が居る控え室にyoshiを抱っこしたまま戻って来た。
「よし君、ゲームあるよ」
泣いたまま豊川から離れないyoshiを心配したマコトは彼が好きなゲームを持って来た。
「よし坊ケーキあるぞ~ほら、仮面ライダー好きだろ?」
翔もスタッフの差し入れのケーキや、お得意のゲーセンの景品をちらつかせる。
でもyoshiは豊川から離れない。
「タケルンめっちゃ好かれてるなあ~うらやましい」
翔はyoshiの頭を撫でながら言う。
「落ち着くまでこうしてるよ」
豊川はしがみつくyoshiをぎゅっとさらに抱きしめた。
小さな温かい体温。子供特有の甘い香りは嫌いじゃない。
*****
おとうさんはぼくがきらい。
yoshiの小さな心はその言葉で満杯に溢れていた。
ぼくがわるいこだから。
ぼくがいうこときかないから。
嫌われる恐怖。
去って行かれる悲しみの中、名前を呼ばれて振り返った。
父親より背が高く、 子供から見てもかっこいい、その男性をyoshiはいつも遠くから見ていた。
怖そうとかじゃなく、 格好良すぎて近寄れない。
そんな雰囲気を持っている彼に名前を呼ばれて「おいで」 と呼ばれた。
抱き締めて欲しい時に抱きしめてくれた人。
寂しい時に声をかけてくれた人。
抱きしめてくれた腕は優しくて温かい。
フワリと香った甘い匂いは父親と似てる香り。
香水の香りだと随分後、自分が年頃になった時に知った。
ずっと泣き止むまで抱き締めてくれた腕。
yoshiは凄く嬉しかった。
マコトはマコちゃん。
翔はショウちゃん。
豊川の事はどう呼べば良いか分からずに「お兄ちゃん」と呼んだら、凄く照れたような顔で 「タケルで良いよ」と笑ってくれた。
結局は泣き疲れて眠るまで豊川に抱かれたままだった。
*******
それから、 yoshiは光一には一切ワガママを言わなくなってしまった。
ただ、様子を伺うだけの子供になってしまった。
これ以上嫌われたくない。そう思っていた。
でも、 光一は離婚して離れ離れになった。
ぼくをきらいだから?
だから、お父さんは遠くへ行ってしまった。
*******
「お前最低」
豊川は離婚した光一に言葉を投げつけた。
最低だって知っている。
でも、 これ以上yoshiと居たら、 殴りそうで怖かったのだ。
yoshiが遊園地の事件以来、顔色を伺うようになってしまったのに気付いていた。
子供らしくない子供にしてしまったのだ。
だから離れた方が良いと思った。
でも、それは逃げなのだ。
yoshiの父親は自分なのに、責任から逃げ出した。
最低な父親。
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