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記憶 3話

「……どうして嫌われていると思うんだ?」 辛い事を思い出させるだろうけど、豊川は敢えて聞いてみる。話す事で辛い記憶が和らいでくれるかも知れない。そう思うのだ。 「だって……あの人、殴るんだもん。俺が嫌いだからだよ。」 yoshiは思い出したのかしがみつく手が震えている。  「ごめん。嫌な事聞いたな」 豊川は頭を撫でながら優しい口調で謝った。 「ううん、大丈夫。その分……お父さんが愛してくれたし……それに記憶が曖昧だもん。変なんだ……たまにあの人が俺を殴る時の記憶が過ぎるんだけど、必ず……お父さんが帰って来ないのは俺のせいとか、ずっと待ってもお父さんはもう戻って来ないとか…言われるんだけど、変なんだよ、。お父さんは毎日家に居たのに」 yoshiは何かを思い出すのが嫌なのか首を振る。 初めてyoshiに会った時にナオが父親は光一だと言った事さえ、まるで無かった事のように消しているように豊川は感じた。 「記憶がおかしいんだ…たまに凄く不安になる。何か忘れているんじゃないかって」 「何かを思い出したい?」 豊川の問い掛けにyoshiは黙り込む。 「思い出したいなら私は協力するよ。不安を取り除けるならそれがいいし」 優しく刺激しないように豊川は語りかける。 「……やだ。思い出さなくていい」 yoshiはぎゅっと豊川の首筋に抱き付く。 「怖い?」 「お父さんが本当は自分が嫌いだったんじゃないかって不安になる。愛してくれていたって分かるのに俺が勝手に不安になって……俺がいなかったらお父さんは死ななかったとか色々考えて……凄く死にたくなる」 震える声。 心の奧にしまい込んでいた不安と恐怖。 嫌われていたはきっと光一の事だ。  記憶が混ざってしまっている。 だから余計に不安になるのだ。 「嘉樹、そんな風に思うな。お父さんは君を愛してるよ。嘉樹を見てたから分かる。愛されて育ったんだって嘉樹自身が身体全体で云っている…亡くなったのも不慮の事故だ。嘉樹が責任感じる事じゃないだろ?」 震える小さな肩を抱き締める、それくらいしか出来ない自分に豊川も切なくなる。 不安を全部取り除いてあげたい。 「……でも、たまに夢に見るんだ……あの朝、ちゃんと具合悪いって言えば良かったって、家で寝てたら事故には遭わなかったのにって……」 yoshiの声は震えた声から涙声に変わっていた。 「俺のせいで……」 「違うよ嘉樹。それは違う。誰のせいでもないし、嘉樹が生きていてくれるだけで君のお父さんは幸せなんだと思う。親は子供が幸せならそれだけで良いんだよ。嘉樹が笑って元気で過ごしているだけで、救われる」 yoshiの言葉を力強く否定する豊川。 抱き締める腕に力が増す。 「……本当にそう思う?俺が生まれなかったら、お父さんは死なずに済んだって、そんな事ばかり考える」 「思うよ。私は嘉樹が生まれてきて、凄く嬉しい。私に出会ってくれた事、こんなオッサンを好きになってくれた事を感謝しても足りないくらいなのに。嘉樹を守ってくれてありがとうって伝えたいくらいだ」 豊川の言葉は綺麗な水みたいに透き通ってて、身体中に染み込んでくる。 「タケル………ありがとう。タケルは俺を必要としてくれてるよね……俺もタケルに出会えて良かった」 yoshiはようやく豊川と顔を向き合わせた。 涙で潤んだ瞳が愛おしくて豊川はそのまま唇に軽くキスを落とす。 「嘉樹を守ってくれたからこうやって私は君とキスが出来るし、思いっきり抱ける。…それは凄く価値がある事なんだよ。だから、もう産まれて来なかったらとか、自分のせいだとか思ってはいけないよ。」 その言葉にyoshiは頷く。 「お墓参りにいつか行こう。ちゃんとお父さんに嘉樹を守ってくれてありがとう言わなきゃな」 「うん。一緒に行きたい………あっ、タケルの両親は?俺、会ってみたい」  笑顔を見せるyoshiの頭を豊川は優しく撫でると、 「お墓参り行く時に嘉樹も来るか?私の両親も随分前に他界している」 そう言った。  「ごめっ…」 謝ろうとするyoshiの唇にまたキスをして「謝る必要はないよ。もう随分前だし」と優しく微笑む。  「そっかタケルも偉いね。頑張ったね」  yoshiは豊川の頭を腕の中に抱き込んだ。

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