99 / 275

愛情 9話

ああ、そうか…彼にとって病院は病気を治す場所ではなくて、悲しい場所なんだ。 嫌だと泣いたのはそこに繋がるのか。と豊川は思った。 「嘉樹はこのまま私が預かるよ、起こすのは可哀相だ」 「すみません、いつも迷惑かけて…yoshiも豊川さんには懐いているみたいだし、本当は光一さんに心を開いてくれたら良いんでしょうけど」 ナオの本心だろうか? 光一との初対面の時には少しキツかったのに。 「光一の方も最近は父親の愛情が芽生えたみたいですよ」 「えっ?」 何だか驚いたようなナオの声。 ******* 豊川はベランダに出て、電話をしている。 彼の後ろ姿をチラ見した。 電話は長引きそうだ。 見たいテレビも無いし、光一は思い立ったようにソファーから立ち上がり、寝室へと向かった。 寝室のドアを開けて中を覗く。 シンッと静まる寝室にyoshiの寝息だけが響いている。 足音を立てないように近づく。 彼は光一の方向へ身体を向けて寝ている。 顔色は悪くない。 熱は無いのかと額に手をあてる。 温かい体温だけど、熱はないようだ。 額に置いた手はそのまま彼の頭へと行くと、撫でた。 柔らかい髪。 なんだか懐かしい。 彼の頭を撫でたのは随分昔。 その時と手触りは変わらない。 泣き虫だった。 ふと、そんな記憶が蘇る。 「ごめんな。こんな親父でさ…世の中には人の親になってはいけない奴もいるんだ…」 頭を撫でながら彼に謝罪する。 起きていたら触れない彼。 懐かしい歌を口ずさむ。 yoshiを見ていたら、その懐かしい歌を思い出し、つい歌った。 愛情がないわけじゃない。 ただ、出し方が分からない。 本当に分からないのだ。 ******** 「ね、嘉樹は社長と一緒だったでしょ?」 電話を終えたナオに拓海が話かけて来る。 彼は拓海の部屋に居た。 「今夜は泊めてくれるらしい」 「へえ~」 拓海は意味あり気に少し笑う。 ナオはその笑みには気付かない。 「もうさ、嘉樹、社長に預けたら?モデルの仕事始めたみたいだし」 拓海のその言葉にナオは何も答えない。 モデルの仕事…。 拓海にyoshiの話を聞いた時、心配が先に来た。 その後にモデルの仕事を始めた話を聞いていないナオはショックだった。 ちょっと前までyoshiの事は何でも知っていた。 それなのに知らない事が最近では増えて行く。 胸にトゲが刺さったみたいにチクチクとくる。 「とりあえず、ご飯食べよう。拓海はまた撮影に出掛けるんだろ?」 ナオはニコリと拓海に笑いかける。 「うん。あーあ、雨でも降らないかな?そしたら撮影は延期になる」 拓海はぼやきながらテーブルにつく。 撮影の合間をぬって、ナオと会っている拓海は少しの時間でもナオと会っていたいのだ。 「撮影見に行こうか?」 「本当?」 拓海は本当に嬉しそうに笑う。 「食べたら一緒に出よう」 ナオは拓海の前に手作りの料理を並べる。 「それから、ありがとう。…嘉樹の事」 「もう何度も聞いたよ!あんまり嘉樹の名前出すなら拗ねるからな!」 悪戯っぽく笑う拓海。 どうして拓海はこんな自分を好きでいてくれるのだろう? 「ごめんな」 ナオはそう言うと拓海の頭を撫でる。 撫でられた拓海は幸せそうに笑う。 ごめんな。 嘉樹を好きなのを誤魔化してるのに。 ごめんな。 ちゃんと愛してやれなくて…。 ******** 「何やってんだ?」 真後ろで聞こえた豊川の声。 光一は頭を撫でる手を止め、振り向く。 「電話終わったのか?」 光一はそのまま寝室を出た。 「寝てないとさyoshiには触れないだろ?」 光一はそう言いながらソファーに座る。 「特別に何か出してやるよ、何がいい?」 「でたー、上から目線」 光一の反撃に豊川は笑う。

ともだちにシェアしよう!