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第3話
あの時、俺は何故か笑ったのだ。
そして――。
「樋野さん」
「何ですか!?」
「この絵…俺に頂戴」
何故そんな事を口走ったのか自分でも分からない。
ただ、その絵は自分が貰わなくてはならないような気に勝手になっていた。
樋野さんは一瞬驚いた顔をして……何時もの微笑を浮かべた。
こんなもので良ければどうぞ――っと言って後日完成した絵を俺にくれた。
その絵は今目の前にある。
美しい世界。
絵を手渡された日から毎日何度となく見ている。
見る度に思い知らされる。
自分の世界の貧困さ……。
あまりにも見ている世界が違い過ぎて嫉妬する事も出来ない。
俺に出来るのは溜息を吐く事だけ。
彼の見ている世界が見れたらと。
彼の頭の中を覗けたらと。
叶わない事を思いながら溜息を吐く事だけだった。
「その絵そんなに好きなの?」
聞き慣れた声が背後から急に聞こえたので驚いて振り向くとドアを全開に開けきって部屋の入り口に妹の深雪 が立っていた。
「何だよ!ドアを開ける時は声くらいかけろよ!」
「かけたわよ何度も!絵に夢中で気が付かなかったんでしょ!!」
怒っている妹の様子から本当に声はかけたようだ。
俺は呼ばれているのに気が付かない程絵に囚われていたのだろうか?
「で、何なんだよ」
「この間貸したCD返して」
催促するように手を差し出す妹に机の上に置いてあったCDを渡した。
「用は済んだろ?とっとと出て行け」
追い払うようにシッシと手で払った。
「言われなくてもこんな絵の具臭い部屋なんか出て行くよ」
部屋から出て行こうとした深雪は何かを思い出したかの様に急に振り返った。
「その絵そんなに良い絵?」
「見れば分かるだろ」
言われて深雪は目を細めて絵を凝視した。
「分かんない」
分からない?
こんなに綺麗な世界が描かれているのに?
俺は妹から視線を外し、絵を見た。
綺麗な世界。
「お兄ちゃん……まるで絵に恋でもしているみたいだね」
深雪はそう言って笑った。
「絵に恋なんかするわけ無いだろ!」
「どうだか」
からかう様な口調でそう言って深雪は俺の部屋から出て行った。
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