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第6話

顔が赤いのは、風呂のお湯のせいだけではないだろう。ほどけた唇がやたらと可愛らしい。 東城の顔を自分に引き寄せ、キスしてきた。もどかしそうに、身体をゆらしている。 まだだ、と東城は思う。もっと熱っぽくなって、身体中が欲しがるまで、時間をかけたい。 「宮田と?」声を落ち着かせる。舌を顎から耳元に這わせて、耳朶を噛んだ。 ひくっと喉を鳴らした後、広瀬が答える。 「宮田は、今日から休んでます。インフルエンザで」 「げ。流行ってんのか」東城は思わず手を止めた。「それで?一人で温泉に?」 広瀬は目を開けた。美しい透明な瞳がぼんやりと自分を見ている。お互い高めていた熱が少し引いていく。 広瀬の口から、東城も知っている隣の班の男の名が告げられる。 「なんで、あいつと?」 「同じ案件の担当ですし、手をあげてました」 「お前があいつと一緒って、嫌だな。あいつ、すげえ酒癖悪いんだよ。あれ、ほら、いるだろ。やたらと触ってくるやつ。酔うと、ベタベタしてくんだ」 近くにいないとわからないくらいわずかだが、広瀬の目に不思議そうな色が浮かんだ。そして、彼は、座り直し、東城の首に手をかけなおした。 「ベタベタ?」そう言いながら、自分の胸を東城の胸にあわせ、こすりつけてくる。 東城は彼の腰をつかむと、自分の上に座らせた。 「そう。泣き上戸とか笑い上戸とかと同じで、触り上戸、って言葉はないかもしれないけど。腕とか肩とか、話しながら触ってくる。それが、なーんか、気持ち悪いんだ」 「俺はされたこと、ないです」 「お前、だいたい飲みに行かないじゃないか。温泉で奴に飲もうなんて誘われても、絶対に断れよ」 「旅行ではないので、飲みには行きません」 「一緒のホテルに泊まるのか?」 先ほどの熱を取り戻すために、もう一度、ゆっくりと長いキスをした。 「用事が済まなければ」 「違うホテルにしろよ」指を背骨に沿って下につっと動かす。何度も行き来させていたらくすぐったいのか身体をよじった。 「現実的ではないですね」 「じゃあ、夜はちゃんとドアに鍵かけろよ。チェーンも。夜中に奴が部屋に来ても、絶対に応対するな」 「は?」 「今の俺の気分は、すげえ美人だけど後先考えない妻が、仕事で、酒癖の悪い同僚の男と温泉に行く夫の、」 「東城さん」 「ん?」 「湯あたりしたのか、バカなのか、どっちですか?」 「どっちだと思う?」 もう一度唇を合わせたら、広瀬の方が覆いかぶさってきて、それ以上話はできなかった。

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