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第8話
「あの後、大井戸署の高田警部補にかなり怒られましたから、そうそう、情報は入手できません」と東城は答えた。
青キヨラの事件の後すぐに、運河に落ちた広瀬を車で迎えに行ったのだ。
そこで、何があったのか詳細を聞き、福岡に報告した。
広瀬は、弱っていたせいなのか無警戒になんでも自分に話してくれた。
東城が広瀬から話を聞き出したことを、どうやって高田が知ったのかは謎だ。だが、次に、大井戸署に訪れ、高田に挨拶した時、見たこともないほどの不機嫌で、相当な嫌味と説教をされたのだ。
曰く、人の信頼につけこむような真似をするなとかなんとか。
「高田はタヌキで、大きくかまえているように見せてるが、怒らせるとしつこくて面倒なやつだ」と福岡は感想を述べた。「とにかく、お前は、温泉地でもどこでも、大井戸署の希望通りのところにいって、連中が必要な話を手に入れてこい。お前さんの、腕の見せ所だ」
「腕って、どの腕ですか」
「女相手にお前が、にこにこして話しかければ何でも聞き出せるだろう」
「いつから俺、そんな特技の持ち主になったんですか」
「お前が飲み屋でナンパして失敗したとこみたことないぞ」
東城はわざと大きくため息をついてみせた。「福岡さん。飲み屋のナンパと参考人に話を聞くのとは全然違います」
「それだ」と福岡は言い、指をパチンと鳴らす。「それとこれとは違うなんて思うなよ。同じようなもんだ。女をその気にさせて、話をさせろ。検挙率もあがる」とセクハラのようなことを言った。そして、続ける。「俺が、大井戸署に恩を売りたいのは、わかっているんだろう」
大井戸署が担当している青キヨラ事件で、福岡チームが追っている産業スパイの組織は、まだ、見つかっていない。産業スパイにつながると思われるチンピラの矢後は、今、大井戸署が調べている。産業スパイの組織のこともなにか話しているようだが、まだ福岡チームには内容が回ってきていないのだ。話は遅れて入ってくるのだろう。そして、入ってきた時には別な部署に手柄をとられるかもしれないと、福岡は危惧しているのだ。
「それは承知しています」と東城は答えた。
「大井戸署の役に立つよう、女から話をきけ。せいぜい恩を着せて、矢後がなにを吐いたのか、聞いてこい」
「やってみます」と東城は答えた。「出張は泊まりでも?」
「必要があれば、やむをえんだろう」と福岡は言った。「大井戸署に段取り聞いて、明日朝すぐに行けよ」
「わかりました。ところで、今の捜査先については?」
「何のことだ?」
「明日から群馬に行くとしますと、今、自分が受け持っている件が」
「おいおい、東城君。まさか、群馬に行くだけで、今の事件を誰かに渡すつもりなのか?みんな自分の案件をきちんと解決して、市民のみなさんに奉仕しようとしてるんだぞ。こんな、他所の手助けの楽しい温泉旅行程度で、自分の大事な仕事を投げ出しちゃいかんよ」
「書類、明日、出すことになっているんですが」
福岡は、時計を見る。「まだ、今日という時間がかなり残ってるだろう。明日の始業までが今日だからな」
そう言いながら、四の五の言わずに働けという意味で、仕事に戻るように手を振られた。
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