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第9話

待ち合わせの改札で広瀬は時計を見た。もうじき電車が着くはずだ。 外は雪が積もっていて東京とは別世界である。空気は澄んで冷たい。暖かい衣類や靴下を持ってきてよかったと思っている。 昼過ぎに到着した電車の客の間に、背の高い彼の姿があった。 電話をしながら歩いている。私用の電話だ。親戚との連絡をしているのだろう。祖父が亡くなって以来、東城は、時々母親の家に行き、医療グループの会合に出たり、電話で親戚対応をしたりしている。仕事を辞めるかどうかは、まだ考えているようだが、すぐにではないようだ。その代わり、自分で母親の力になれることはしているようだ。 複雑にからんだ、人間関係の糸を、ほぐしたり、巻き直したりしている。さらに、祖父の財産の相続や医療グループの資産に関する金がらみのことで毎晩書類をみている。広瀬からしたら、頭がいくつあっても足りなさそうだったが、本人は根気強くやっている。 おかげで、昇任試験の勉強をする時間はなさそうだ。あんなに熱心に勉強していたのに。 東城も、改札に立つ広瀬をみつけた。大真面目な顔で近づいてきた。 広瀬の周りをぐるっとみる。 「一人か?」 広瀬はうなずいた。 東城は、広瀬と一緒にこの温泉地に来ているはずの大井戸署の刑事のことを聞いてきた。 「インフルエンザで、来られなくなったんです」と広瀬は答えた。 そう聞いて東城は急に硬い表情を崩し笑顔になった。「お前一人だけ?」 「はい」 「大井戸署、インフルエンザが流行ってるんだな。お前大丈夫?」 「予防注射うちました」 「手回しいいな。いつの間に?」 「東城さんに紹介された歯医者の、上の階のクリニックでです。受付の女性に勧められて」 「なかなか、市朋グループも、営業熱心だな」 「請求書はまだもらっていません」と広瀬は言った。 「そのうち、俺のところに送ってくるよ」 東城は、広瀬を見下してくる。笑顔で、目が楽しそうだ。彼は手を伸ばして広瀬が厳重に首に巻いているマフラーの形をちょこちょこと直した。

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